力学編 第15章

可積分条件

この章では、これまで証明を保留していた以下の3つの定理を示す:

15.1偏微分は可換である

第6章の【6.3-注2】で、偏微分が可換だと述べたが、証明していなかった。この節でその証明を行う。

定理:偏微分は可換である

多変数関数 の偏微分は可換である(=微分の順序を交換できる) ただし、 のように略記した。 は2階全微分可能であるとする。

証明

まず、 は全微分可能(=1次近似可能)なので、1次近似する:(右辺は における値) が同じ方向を向けば赤字部分の内積は正の値となるので、 は、 が大きくなる方向を向くことが分かる の場合)

さらに、 は2階全微分可能なので、ベクトル場 も同様に1次近似できる:(3次元を想定しているが、以降の議論は自然に一般化できる) 緑字部分を、 のヘッセ行列という。式()が成立していることを言うには、このヘッセ行列が対称行列になることを言えばよい。

ヘッセ行列は 成分の行列なのだから、 個の基底行列 の線形和 で書ける。そのような の取り方には任意性があるが、ここでは以下の【15.1-注1】のように、発散成分や回転成分に分けることを考える。

さて、背理法で定理を示す。式()が成立していないと仮定すると、ヘッセ行列は反対称成分を持つ。即ち、【15.1-注1】の反対称行列 の係数が ではなくなる。この時、1次近似されたベクトル場()には、同注の青図(右に再掲)で示したような回転状のベクトル場が含まれることになる。しかし、上述のように、 の方向に進むと の値が大きくなるのだから、ベクトル場の回転に沿って1周して戻ってくると、 の値が元の値より大きくなってしまう。同じ点では同じ値に戻らなければならないので、これは、矛盾である。(細かいことを言えば、対称部分の寄与と打ち消しあって元の値に戻る可能性もあるが、円周に沿って1周する場合を考えれば、対称部分の寄与は明らかに0になるので、打ち消すことはない。)

【15.1-注1】1次ベクトル場の分解

3次の正方行列の基底 として以下のようなものが取れる[1] ただし、 は単位行列、 はトレースレス対称行列の基底、 は反対称行列の基底となるようにとっている(以下の【15.1-注2】に合わせた)

1つの だけで作る1次ベクトル場 を右図に示す。同図より、 は原点を中心とする放射状のベクトル場、 軸に集まってくるようなベクトル場、 を45度回転したもの、 は同心円状に渦巻くようなベクトル場となることが分かる。→方向が 軸、↑方向が 軸である。図に無いものも、軸を取り換えればこれらに一致する。

任意の1次ベクトル場は、上図のようなベクトル場の重ね合わせになる。同図から連想されるように、 の係数(=スカラー行列部分)が値を持つ場合、その1次ベクトル場は発散を持つという。同様に、 の係数(=反対称行列部分)が値を持つ場合は、回転を持つという。これらは、1次近似可能なベクトル場の場合にも、自然に拡張できる[2]

補足

[1] これらが基底になっていること、即ち、任意の行列がこれらの線形結合 で書けることは、1つの成分だけが でそれ以外が の行列が作れることから分かる。例えば、 成分だけが の行列は、 となる。

[2] 具体的には、1次近似可能なベクトル場 に対し、 が発散(または回転)を持つ時、その点 において は発散(または回転)を持つ。なお、 が発散を持つ条件は 、回転を持つ条件は (3次元の場合)とも書ける。

【15.1-注2】行列の分解

任意の正方行列 は、スカラー行列 、トレースレス対称行列 、反対称行列 の和として、以下のように一意的に分解できる: は行列の次元) スカラー行列とは単位行列に実数(や複素数)をかけたもの、トレースレス行列とはトレース (=対角成分の和)が0になる行列である。

証明の概略

式(-)⇒式()は、実際に代入すれば明らかなので、分解が存在することは言えている。後は、一意性、即ち、式()⇒式(-)を示せばよい。まず、式()の両辺のトレースを取ると、 は式()以外にあり得ないことが分かる。次に、 を考えると、反対称部分は消えて式()が得られる。最後に、 を考えると、式()に一致する。

15.2ベクトル場の可積分条件

ベクトル場 が、ある関数 の微分により と書ける時、 のことを のポテンシャルという。

この節では、ポテンシャルが存在するための必要十分条件()を示す(第8章の【8.2-注2】の補足で結果だけ示していた)

定理:ポアンカレの補題(の特別な場合)

ベクトル場 がポテンシャルを持つための必要十分条件は、全ての点で回転がゼロ(=全微分が対称行列)になることである: は全ての点で1次近似可能であり、考えている領域には穴がないとする。

これをポアンカレの補題という(実際にはもっと一般的な定理であり、電磁力学編の第14章で扱う)。式()を、ベクトル場の可積分条件という。(なぜ積分という言葉が含まれているかというと、 を微分したものなので、 は逆に、 を積分したものと見なせるからある。)式()の左辺の括弧は、以降では見やすさのため省略する。

証明

任意の点 でのポテンシャル を実際に構成することを考える。そのためには、以下の【15.2-注1】の式()を用いて、ベクトル場 をある経路 に沿って積分すればよい: 経路 は、始点 と終点 を結ぶ曲線である。 に定数を足しても式()に影響しないので、この自由度を使って、 とする。

ところで、 は、始点・終点しか固定されていないので、途中の経路の取り方に任意性がある。そのため、 が一意的に決まるには という条件を満たす必要がある。これが成り立てば、 が一意的に決まるだけでなく、ポテンシャルの定義式 も成り立つ。なぜなら、 の値は、「 を求める経路」 に沿った積分と、「2点 を結ぶ直線経路」 に沿った積分の和で書けるので(経路は任意なのでこのようにとってよい)

さて、可積分条件()が成り立たない場合、即ち、ベクトル場が回転を持つ場合を考える。この時、回転の流れに沿う経路と逆らう経路で の値が変わってしまい、条件()が破れる。即ち、 が存在しなくなる。よって、その対偶 が成り立つ。(これを示すだけなら、 の定義式()を可積分条件()の両辺に代入して、偏微分の可換性()を使うだけでよい。 が全微分可能であることを仮定しているので、 は2階全微分可能であることに注意。)

残っているのは、この逆 である。実際に式()を計算するには、 上にパラメータ を入れて数直線上の積分に引き戻せばよい:(以下の【15.2-注1】の式()) さてここで、始点・終点はそのままで をわずかに変形させた経路を と書くことにする。 上の点を と書くことにする。すると、可積分条件()が成り立つ場合、 の値を変化させないことが以下のように言える を変えた時の変化に注目しているので、 の代わりに と書いている) の1次近似の範囲で が変化しないのだから、微小変形を繰り返し適用することにより、有限の変形でも値を変えないことが分かる。よって、命題()は真である。

【15.2-注1】ベクトル場の積分

1次近似可能な関数 について、微小間隔 だけ離れた2点間の値の差 は、1次近似により以下のようになる:(最右辺は での値) これに区分求積法を適用することにより、大きく離れた2点 の場合に拡張することができる。実際、まず、 を始点とし を終点とするような経路 をとる。 を微小要素 に分割し、各要素に式()を適用して足し上げればよい:

この積分は、 を任意のベクトル場 に置き換えて定義することもできる[1][2] これを、経路 に沿った の積分という。

補足

[1] 実際に式()を計算するには、前章と同様に、数直線上の積分へ引き戻してやればよい。引き戻しを行うと、経路 上の点をパラメータ を使って と表すことにして、以下のように書ける: が始点、 が終点) 導出は、区分求積法に立ち返って考えればよい:

[2] 前章で扱った密度の積分と異なり、式()の積分には方向があり、始点と終点を入れ替えて向きを変えると符号が反転する。 のように矢印を付けて表記しているのは、単なる曲線ではなく、このように向きを持っているからである。

(参考)領域に穴がある場合、ポテンシャル は多価関数になり得る

上記の証明では、2つの積分経路が連続的に移り合えること(ホモトピックであるという)が重要であった。これが成り立たない例として、2次元平面において「可積分条件を満たさない領域 」がある場合、を考えてみよう。この場合、 を「時計回りに迂回する経路 」と「時計回りに迂回する経路 」は、連続的に移り合うことはできないので、領域全体に関してポテンシャル が存在するとは言えなくなる。

このような が存在する典型例が、極座標 の角度 である。 を微分して得られるベクトル場 は、以下の【15.2-注2】の式()のようになり、原点では定義されていない(それ以外では可積分条件()を満たす)。このため、原点を囲むように2つの経路を取ると、 の積分(= の値は一致しない可能性がある。実際、よく知られているように、 だけずれる。一方、原点を囲まない領域であれば、上の定理が成り立つので、 は一意的に決まる。

このように、可積分条件を満たさない領域が含まれる場合にもポテンシャル を定義しようとすると、 は一般に多価関数(=複数の値をとる関数)になる。また、たとえ全ての点で可積分条件を満たしていたとしても、空間に穴がある場合には、同様の現象が起きる。例えば、1次元空間では、可積分条件()は自動的に成り立つわけだが、円周のように穴の開いた形状を考えると、 の場合と同じ理由により、ポテンシャルはが多価関数になり得る。定理の中で、穴がない領域に限定したのは、このような場合を排除するためである。

なお、分かりやすさのために「穴がない」と書いたが、3次元以上だと、このイメージは正しくないことがある。例えば、3次元の場合、原点を取り除いただけだと、穴はあるが、2つの経路は連続的に移り合えるので、ポテンシャルは一意的に存在する。一方、 軸を取り除くと、 軸を異なる向きに回る経路は連続的に移り合えなくなるので、多価関数になり得る(3次元極座標の方位角 が多価関数になることに対応する)。よって厳密には、「穴が開いていない」ではなく、「端点を任意に固定したとき、任意の経路が連続的に移り合える」とか「任意のループが連続的に1点に縮められる」と表現すべきである。このような性質を持つ時、その領域は単連結であるという。

【15.2-注2】角度の微分

2次元極座標の角度 を、デカルト座標 で微分して得られるベクトル場 である。これは、原点において定義されない。一方、原点以外では定義されており、可積分条件()を満たす。

導出

デカルト座標 と極座標 の関係式は である。よって、 は以下のようになる(以下の【15.2-注3】の式()を使う) これにより、 となる。最右辺 で表すと、式()に一致する。

また、原点以外で可積分条件を満たすこと、即ち が対称行列となることは、以下のように分かる が存在すると分かっているので計算するまでもないが、計算例として)

【15.2-注3】微分公式

【逆関数の微分公式】任意の2つの座標系 が、互いに1次近似可能である時、以下が成り立つ: 【積の微分公式】関数 とベクトル値関数 の積 の微分は、各々の微分を用いて書ける:

証明

式()。 は以下の1次近似で定義される: 両者を見比べれば、式()が得られる。

式()。 の1次近似を考えればよい:(引数を明示していないものは での値) 微分の定義により、 部分が である。

15.3拘束条件の可積分条件

運動する点 に、以下の拘束条件が課されているとする: はゼロでない行列) はこの式を満たす の方向にしか変化できない。)この式が、ある1次近似可能なベクトル値関数 を用いて と書ける時、拘束条件()は可積分(またはホロノミック)であるという。

可積分であれば、拘束条件()は の形で書ける。なお、式()と式()の左辺同士が一致する必要はない。というのも、 には、可逆な行列関数を掛ける任意性があるからである。

この節では、拘束条件が可積分であるための必要十分条件()を示す。第13章では、速度に対する拘束条件は、初期条件を与える際に可積分かどうかを判定する必要があると述べた。式()は、その判定に使える。まず、例を示すことから始めよう。

可積分・非可積分の例

拘束条件()の例として、まず、可積分になる場合の例を挙げる: が可積分であることを示すには、 ととればよい。 を考えると となるので、 は、拘束条件 と一致する。右図は、 のグラフのうち、原点を通るものである。原点から移動を始めた場合、このグラフ上に拘束されるわけである。

次に、非可積分になる場合の例を挙げる: 右図は、各点において、「拘束条件()を満たす が作る面」を示したものである。この場合、面がプロペラのようなつながり方をしており、1つの面では表せない。このため、運動の自由度が2、即ち、2方向にしか動けないにもかかわらず、3次元空間の任意の点に移動することができる。例えば、 軸の任意の位置に移動できることは次のように分かる。同図より、原点から始めて、 軸上に進み、 軸の周りを時計回りに移動すると 座標が大きくなる。 の値を保ったまま、直線的に 軸上に戻ることができる。 の形でこの性質を表すことはできない。

非可積分な拘束の身近な例は、自動車である。実際、自動車には真横への平行移動が(直接は)できないという拘束があるにもかかわらず、切り返しによって任意の配置を実現できる。この場合も、運動の自由度2(「向いている方向への運動」と「向きの変更」)よりも、到達可能な配置の自由度3(位置2自由度と向き1自由度)のほうが大きくなっている。このように、非可積分な拘束があると、「運動の自由度」よりも「到達可能な配置の自由度」のほうが大きくなる。

フロベニウスの定理

拘束条件():(再掲) が可積分(=1次近似可能な関数 を用いて と表現可能)であるための必要十分条件は、全ての点で が成り立つことである[1][2]。式()を、拘束条件の可積分条件という。 は、全ての点において、1次近似可能、かつ、行フルランク(= が1次独立)であるとする。ただし、 は領域全体では定義できないことがある。

[1] は、拘束条件を満たす が張る空間 への正射影行列になっている。 を使わない方法として、 の基底ベクトルを行に持つ行列 を用いて、可積分条件()を以下のように書くこともできる: (式()に を左乗し、 を右乗すれば得られる。)

[2] 次元空間に 個の拘束条件がある場合、常に可積分となる。実際、 は1行になるので、式()は(反対称行列の性質によって)常に成立する。また、3次元空間中で拘束条件が1つだけの場合、拘束条件を と書くことにして、式()は以下のように簡略化できる(式()、式()の場合の計算に使える):

証明

任意の点 をとり、「 を起点として拘束条件()を満たしながら到達可能な領域」を とおく。 上に経路 を取った時、 が拘束条件を満たすかに注目する。例えば、非可積分な拘束の例()では、 は空間全体となる。よって例えば、 として 軸上の線分を取ることができる。しかし、( 軸上の点は 平面方向にしか動けないので)この に沿った移動は拘束条件を満たさない。一方、可積分な拘束の例()では、 はある曲面となり、任意の は拘束条件を満たす。この例からも分かるように、非可積分の場合のみ、拘束条件を満たさない が存在すると予想できる。

まず を示す。可積分な拘束条件は、 と書けるので、 は、 を満たす の集合であり、その上を自由に動けるのだから、 上の任意の経路 は拘束条件を満たす。これが成り立つために必要な条件が、可積分条件()であることを言えばよい。 上にパラメータ を入れると、各点 は以下を満たす: 次に、 に対し、微小な変化 を考え、その上の点を とする。ただし、 は、拘束条件()を満たすようにとる。 に対しても式()が成立するので:(右辺は での値) 式()は、拘束条件を満たす任意の で成り立たなければならないので、可積分条件()が得られる。

次に を示す。可積分条件()が成立すれば、式()が成り立つので、 上の全ての経路 は拘束条件を満たす。よって、 内の全てのベクトルは拘束条件を満たす。これは、 の次元が、自由度 (= に等しいことを意味している。空間全体(次元を とおく)は、 次元の で埋め尽くされるので、異なる を識別するには、 個のラベル があればよい[1][2] が拘束条件となる。

[1] 例えば、3次元空間中において、 軸に平行な直線であれば、ラベルとして を指定すれば、 が一意に決まる。

[2] は、領域全体で1次近似可能にできるとは限らない。例えば、3次元空間から原点を取り除いた空間において、 として、極座標の 方向の半直線を考える。この場合、 を識別するラベル として角度 を取ればよい。しかし、 軸上で1次近似できない。 軸上で1次近似可能にするには、例えば 軸を方位角の軸とした極座標を取ればよいが、そうすると今度は、 軸上で1次近似できなくなる。これ以外にも、トーラス(=ドーナツの表面の形をした曲面)上だと特異的な現象が起きる。 として、ドーナツの穴を一周するようなものがあるとする。この時、ベクトル場によっては、一周した時に元に戻らず、それどころか、何周しても元の点に戻らないものが可能である。こうなると、 がトーラス上を埋め尽くしてしまい、 は存在できない(一部分だけを考えれば存在する)。