4.動く壁との衝突

動いている壁との弾性衝突によるボールの速度変化は、相対性原理による衝突公式(19)で与えられる。
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壁が動く場合の弾性衝突の公式を求めたい

動いている壁と弾性衝突するボールの運動 x(t) を計算したい。前章との違いは、壁が動いているという点のみなので、衝突公式がどう変わるかを考えればよい。まず、簡単な例として、右図のように静止しているボール˙xin=0に、壁が速度 vwall でぶつかってくる場合を考える。この場合は答えが推測でき、弾性衝突後のボールの速度 ˙xout は、壁面の速度 vwall の2倍になる: ˙xout=2vwall(1) これは、実験で検証することも容易である。逆に、完全弾性衝突(=全く跳ね返らないような衝突)の場合には、壁に接触したままになるので ˙xout=vwall となる。
このように壁が動いている場合、たとえ弾性衝突であっても、衝突の前後で速度の大きさが変化するので、前章で述べた弾性衝突条件 |˙xout|=|˙xin| はそのままでは成立しない。何とかこの結果が使えるようにする方法はないだろうか。そのためには、壁とともに動いている観測者 K を考えるのがよいだろう。 K から見れば、壁は静止しているので、前章の結果が使えるというわけである。(詳しくは後述するが、このような手法がうまくいくことを相対性原理という。)
この方針で元の観測者 K での衝突公式を得るには、壁面の速度 vwall が与えられている必要がある。壁の形状を表す拘束条件が G(t,x)0 と表される時、 G から vwall を導く必要がある。
そこでこの章では、ボールの運動 x(t) を計算するために、以下の3つの節に分けて議論を行う 4.1:4.2:vwall4.2:x(t) 最初の2つの節は衝突公式を導出し、最後の節でそれを用いて実際の運動の計算を行う。

4.1 相対性原理による衝突公式(8)の導出

この節では、壁とともに移動する観測者を考えることで、弾性衝突の公式(8)を求める。ただし、壁の速度 vwall はまだ求めない。

壁とともに動く観測者 K から見た衝突の公式:式(2)

まず着目するのは、右図のように、ある観測者 K から見て動いている壁であっても、壁面の速度 vwall と同じ速度で動いている別の観測者 K からは、壁面は静止して見えるということである。 K から見れば壁面は静止しているので、前章の結果をそのまま使うことができると考えられる。これは、少なくとも vwall が一定の場合には、慣性系は互いに等価であるという相対性原理(以下の【4.1-注1】)により成立する。
これにより、 vwall が一定であれば、 K から見たボールの運動は、前章の結果から計算できる。即ち、衝突後の速度 ˙xout は以下のようになる:(「 」は K から見た量であることを表す) ˙xout=[12ˆG(ˆG)T]˙xin(2) よって、この式を、元の観測者 K から見たものへ変換してやれば、目的の弾性衝突の公式が得られる。
一般には、 vwall は一定ではなく時間とともに変化することになるが、その場合でも、「衝突の瞬間において壁面が静止して見える」ような慣性系 K は存在する。 vwall が変化していたとしても、衝突の一瞬では vwall は変化しないとみなせるので、結局、式(2)が成り立つとしてよいだろう。要するに、衝突後のボールの速度は、壁の速度には依存するが、加速度には依存しないということである。

【4.1-注1】相対性原理

ニュートンの運動方程式 m¨x=f が成り立つ観測者を、慣性系という[1]。慣性系に関して、以下の(直感的にももっともらしい)性質が成立することを、相対性原理という:
  • ある系 K が慣性系であれば、 K に対して等速度で移動していて、かつ、自転していない系 K もまた慣性系である。
  • 全ての慣性系において、物理法則は全く同じである。即ち、右上図(計器の図が装置全体を表している)のように、慣性系 K においてある実験装置を作動させた結果と、その装置を丸ごと別の慣性系 K に持って行って作動させた結果は等しい[2]

補足

[1] 逆に、ニュートンの運動方程式が成り立たない系(=非慣性系)も存在する。これは、観測者自身が自転している場合、または加速度運動している場合であり、力が働いていない物体であっても、加速度を持っているように見える。例えば、地球は自転しているので、地上の観測者は厳密には非慣性系である。これは、力を受けていないはずの夜空の星が、24時間かけて地球(地軸)の周りを1周しているように見えることからも分かる(円運動は加速度なしでは実現できない)。とはいえ、キャッチボールのように短時間で終わる実験ではこの影響は無視できるし、実際これまでそうしてきた。
[2] 日常的に言えば、乗り心地の良い電車の中で目を閉じている時、「電車が止まっているか」それとも「等速度で動いているか」は判別できないということである(どちらを仮定しても矛盾が生じない)。物理学的には、例えば、任意の物体の質量 m は、どの慣性系でも同じ値になることが言える(バネ量りなどを用いて質量を測定する実験を行った結果が慣性系によらないため)
相対性原理を検証するための1つの方法として、日時を変えて同じ実験を繰り返すことが考えられる。地球の自転により、地球上の同一地点であっても昼と夜では約 900m/s の相対速度が生じる(赤道上の場合)。また地球の公転により、夏と冬では約 60km/s の相対速度が生じる。従って、もし相対性原理が破れていれば、時刻や季節によって実験の結果が異なるはずである。しかし、そのような結果は観測されていない。

速度 ˙x の変換則:式(4)

壁とともに動いている観測者 K から見た時の弾性衝突の公式(2)を、元の観測者 K での式(=「 」がつかない式)に変換したい。そのためには、同式に現れる2種類の量 G˙x の変換則が分かればよい。
まず、速度 ˙x の変換則を求める。まず、座標の変換則を考え、それを時間微分すればよい。 x,x の関係式は、 K の移動速度が壁面の速度 vwall であることより、単純に以下のようになる:(以下の【4.1-注2】のガリレイ変換(5)) x=xtvwall(3) これを時間微分することにより、速度 ˙x の変換則は以下のようになる: ˙x=˙xvwall(4)

【4.1-注2】ガリレイ変換:式(5)

2つの慣性系 K,K を考える。右図のように、 K は「 K から見て一定の速度 v で動いている」とする。 t=0 において両者の座標系は一致するとする[1]。
この時、 K から見たある点の座標 x に対し、同じ点を K から見た時の座標を x とする。すると、 xx の間の関係式は、右図の3つのベクトル x,x,tv が3角形を構成することから、以下のようになる: x=xtv(5) この座標変換をガリレイ変換という。

補足

[1] 単に、簡単のためである。一般的には、 t=0 において原点が別々の場所にあってもよい。実際、 K から見た「 t=0 での K の原点の位置」を x0 と置けば、式(5)は、 x=xtvx0 となる。だが、 x0 をどこに取るかは任意なので、 x0=0 としておけば十分である。
ガリレイ変換(5)は、上述の相対性原理【4.1-注1】と整合している。実際、相対性原理は K においてもニュートンの運動方程式が成り立つことを要求するが、右図のように、 K において m¨x=f で表される運動を、 K から見ると md2dt2x=md2dt2(xtv)=m¨x=f となり、確かに、 K でもニュートンの運動方程式 m¨x=f が成り立っている。また、力は、慣性系によらず同じ値になることも要請されることになる。

G の変換則:式(7)→弾性衝突の公式:式(8)

後は、式(2)に含まれる G の変換則である。動いたり変形したりしている壁の場合、拘束条件 G の関数形は、時刻 t とともに変化することになる: G(t,x)0(6) 例えば、平らな床が上下( z 軸方向)に振動しているような場合であれば、 G(t,x)zasinbt のようになる( a,b は定数)。
さて、 G は観測者 K から見た壁の形状を表すので、ガリレイ変換(3): x=x+tvwall の関係式を満たす任意の x,x に対して G(t,x)=G(t,x) が成り立つ。この関係式に注意して、 GG によって表すと、以下のようになる: (G)T=G(t,x)x=G(t,x)x=G(t,x)xxx4.1-3(10)=(G)T⎪ ⎪ ⎪⎪ ⎪ ⎪xx=(x+tvwall)x=dxdx=1
よって、点 x における G と、それに対応する点 x=x+tvwall における G は等しい: G=G(7) (この結果は、どちらの観測者から見ても、衝突点での壁面の垂線の方向は変わらないことを考えると、当然である。)
以上により、 K から見た衝突の公式(2)に、 ˙xG の変換則、それぞれ式(4)と式(7)を代入すれば、元の観測者 K から見た衝突後の速度 ˙xout の公式が得られる: ˙xout=[12ˆG(ˆG)T]˙xin+2vwall(8) vwallG が互いに平行であることを使う。)衝突前の速度 ˙xin0 とすると、確かに冒頭の式(1)に一致している。ただし、 vwall の値がまだ求まっていない。

【4.1-注3】合成関数の微分公式(連鎖律)

任意の関数 G(x) に対し、 xx の関数 x(x) になっている場合、 G(x)x の関数とみなすこともできる: G(x(x)) 。このとき、 Gx で微分することができ、1変数の場合と同様の連鎖則が成り立つ: dGdx=dGdxdxdxdxdx⎢ ⎢xxyxzxxyyyzyxzyzzz⎥ ⎥4.1-4(9) また、 G,xt にも依存する場合、即ち G(t,x),x(t,x) となる場合であっても同じである: Gx=Gxxx(10)

導出

微分 dGdx,dxdx の定義式は、1次近似を用いてそれぞれ以下のようになる:(左式は第3章の【3.2-注4】、右式は以下の【4.1-注4】の式(14)) δGdGdxδx,δxdxdxδx 右式を左式に代入して δx を消去すると δGdGdxdxdxδx となるので、これと dGdx の定義式 δGdGdxδx を見比べれば、緑字部分が等しいので、式(9)が得られる。式(10)についても同様に、1次近似して δx の係数を見れば導ける。

【4.1-注4】ベクトル値関数の全微分

ベクトル値関数 V(x) の1次近似は、以下のようになる[1](右辺は x での値) V(x+δx)V+dVdxδxdVdx[xVyVzV]=xVxyVxzVxxVyyVyzVyxVzyVzzVz(11)(12) 赤字部分をヤコビ行列という。
また、 V(t,x) のように、 t にも依存する場合、以下のようになる:(右辺は t,x での値) V(t+δt,x+δx)V+Vtδt+Vxδx(13) 赤字部分は、式(12)と同じである。

補足

[1] あるいは、 δVV(x+δx)V(x) と定義することにすれば δVdVdxδx(14) と書くこともできる。連鎖律を考えるときには、この記法のほうが便利である。
式(11)の導出は、前章【3.1-注4】の多変数関数の微分を、各成分に適用するだけである。式(13)も同様であるが、変数 t,x をまとめて y=(t,x,y,z) と置くと分かりやすい。そうすると、 G(y) の1次近似は G(y+δy)G+dGdyδy となる。これを、 t 部分と x 部分に分けて書けば式(13)になる。

4.2 壁面の速度 vwall の導出:式(18)

残る課題は、式(8)の未知数である壁面の速度 vwall を求めることである。この節では、壁が時間変化する場合の vwall が、式(18)で与えられることを見る。

vwall は壁面に垂直:式(15)

拘束条件 G(t,x) から、衝突点における壁面の速度 vwall を求めたい。まず、 vwall は壁面に垂直であるとしてよい(式(8)の導出でもこの性質を使った)。というのも、前章と同様に、壁とボールの間に摩擦がないという理想的な状況を考えているので、壁面と平行な方向の壁の運動は、ボールの運動には影響しないからである。(式(6)によって壁を表した場合、これにはそもそも壁面と平行な方向の速度の情報が含まれていない。例えば、水平な床が前後左右に動いていても、見かけの壁の位置は変化しないので、 G は静止している場合と変わらない。)
前章の3.1節で述べたように、 G の微分 G は壁面に垂直である。従って、 vwall は、 G に比例することになる:λ は未定乗数) vwall=λG(15) 未知数は λ の1つだけなので、もう1つ条件があれば、 vwall が決まる。

vwall は式(18)

式(15)は vwall の向きを与えているので、後は、 vwall の大きさに関する条件があればよい。時刻 t における壁面上の点 x は、 δt 秒後、 δxvwallδt だけ移動する(右図)。移動後の点 x+δx は壁面上に留まらなければならないので、拘束条件 G(t+δt,x+δx)=0(16) を満たす。これが、壁面の速度 vwall の大きさに関する条件を与えるvwall が大きすぎても小さすぎても、壁面からずれてしまう)
上式(16)を1次近似すると、以下のようになる:(前述の【4.1-注4】の式(13)) 0=G(t+δt,x+δx)G+Gtδt+Gxδx0+Gtδt+Gxvwallδt=(Gt+Gxvwall)δt これが任意の δt で成り立つので、緑字部分は0でなければならない:G=(Gx)T 0=Gt+(G)Tvwall(17)
後は、以上2つの条件式(15),(17)を連立すれば、未定乗数 λ が求まり、壁面の速度 vwall が決まる。結果は以下のようになる: vwall=|G|1GtˆG(18)

衝突公式(完成版)

以上をまとめると、弾性衝突における衝突後の速度 ˙xout は、最終的に以下のようになる:
˙xout=[12ˆG(ˆG)T]˙xin+2vwallvwalltG|G|ˆG(19)
なお、ここまで弾性衝突条件を明示的に考えてこなかったが、それは、以下の【4.2-注1】のように、壁との相対速度が保存するという形になる。この弾性衝突条件と、ダランベールの原理 fc=λG を連立して、前章の3.2節と同様に式(19)を導くこともできる。

【4.2-注1】壁が時間変化している場合の弾性衝突条件

壁が速度 vwall で動いている場合、弾性衝突条件は、以下のようになる: |˙xoutvwall|=|˙xinvwall|(20) 即ち、ボールと壁との相対速度の大きさは、衝突の前後で変わらない。

導出

K 系での弾性衝突条件 ˙xout=˙xin に、速度のガリレイ変換(4)を代入するだけである。

4.3 ボールの運動 x(t) の計算

衝突公式(19)が得られたので、前章と同じように計算できる。
この節では時間変化する壁の例として、平坦な床が上下している場合と、床が変形して波打っている場合を扱う。

例題1:平坦な床の場合

2次元 (x,y) 平面内で、平坦な直線状の床が上下に振動している場合を考える。拘束条件 G およびその微分 tG,G は、以下のようにとれる:a,b は定数) G(t,x)yasinbttG=abcosbtG=[xGyG]=[01] これらを式(8)に代入すれば、衝突後の速度 ˙xout は以下のように計算できる: ˙xout=[1001]˙xin+[02abcosbt](21)
数値計算を行うと右図のようになる。グリッドの間隔は 1m である。

例題2:変形する床の場合

変形する床の例として、2次元平面において、以下のような拘束条件をとる(右図)G(t,x)yf(t,x)f(t,x)=AsinBttanh(CsinDx) y=f(t,x) のグラフが壁の境界になっている。このグラフはのこぎり状の形状であり、定数 A,B,C,D は大きくなるほどそれぞれ、 A :高さの変化が大きくなり、 B :振動が速くなり、 C :歯が角ばっていき、 D :階段の横幅が小さくなる。なお、 tanh は双曲線関数である(以下の【4.3-注1】)
微分 tG,G は、以下のようになる: tG=ABcosBttanh(CsinDx)G=ACDsinBtcosDxcosh2(CsinDx)1 これらを式(8)に代入すれば、衝突後の速度 ˙xout を与える式が求まる。特にきれいになるわけではないので、結果は省略する。数値計算する場合には、代入処理はプログラム上で行えばよいので、書き下す必要はない。
数値計算を行うと右図のようになる。グリッドの間隔は 1m である。

【4.3-注1】双曲線関数

双曲線関数について、必要な式をまとめておく: tanhx=sinhxcoshx=exexex+excoshx=ex+ex2sinhx=exex2ddxtanhx=1cosh2x