剛体の運動方程式を求めたい。
自由な速度 に対する運動方程式()が欲しい
いよいよ、剛体の運動を求める方法を考える。前章で見たように、剛体の状態を一意的に決めるには、剛体上の1点
と回転行列
を指定すればよい。従って、「剛体の運動を求める」とは、これら
の時間発展を求めることである。
の代わりに前章の10.3節で例示した自由な座標
でもよい。
そのためには、これまでと同様に、初期値として
およびその微分
を与えたうえで、2階微分
を与える方程式(=運動方程式)を解くという流れになる。
第9章で議論したように、自由な座標が与えられれば、拘束力を消去することにより運動方程式が得られる。その議論を援用したいわけだが、残念ながら
は自由な座標ではない。しかし、拘束力を消去するのに必要なのは、運動可能な方向の情報なので、自由な「速度」が分かれば十分である。前章で見たように、
の自由な「速度」として、角速度ベクトル
が存在する。
と
の関係式は以下:
従って、
と
をまとめたもの
:
を考えて、拘束力を消去すれば、
に対する運動方程式:
が得られるはずである。
この章では、上記の議論に従って、剛体の運動方程式()を導出する。また、式()が得られたとしても、これを用いて実際の計算を行う方法は自明ではない。具体的な手続きについて、多少議論が必要だろう。そこでこの章では、以下の2つの節に分けて議論を行う:
剛体の運動方程式の導出剛体の運動の計算
11.1剛体の運動方程式の導出
この節では、剛体の運動方程式()を導く。剛体自体には拘束条件がかかっていないとする。剛体にさらに拘束がかかっている場合については次章で扱う。
自由な速度 に対する運動方程式(展開前):式()
議論の出発地点は、剛体を構成する全ての質点要素
に対する運動方程式:
である。これを変形して、式()の形に持っていけばよい:
式()で未知なのは、拘束力
である。第9章と同様に、
を消去することを考える。
拘束力
は、ダランベールの原理により、拘束条件を満たす全ての速度
と「直交」する(第8章の8.2節):
は、自由な速度
の1次式として以下のように表せる:(以下の【11.1-注1】)
式()を式()に代入して
を消去すると、
が任意の値をとれることに注意して
が成立する。従って、運動方程式()から
を消去するには、
を辺々左乗すればよい:
この運動方程式()の
に速度()を代入すれば、欲しかった
に対する方程式が得られる:
後は、
の中身を実際に展開して、
の形にするだけである(後述のように、実際にはこの形より式()の形のほうがきれいになる)。
【11.1-注1】 と の関係
質点要素の速度
と自由な速度
は、以下の関係で結ばれる:
。ベクトルのクロス
の定義は、第10章の【10.2-注2】。
導出
前章の10.2節で示したように、質点要素の速度
は
である。これを式()の中辺に代入すれば、最右辺になる。
基準点を重心()に取った時の運動方程式:式()
運動方程式()に式()の
を代入して、各項を計算していく。実際の計算を行うに当たって、任意にとれる剛体上の基準点
として、重心
を採用することにしよう:(
は剛体の全質量)
その理由は、剛体内の拘束力は作用・反作用の法則を満たすので、重心の速度
が拘束力の影響を受けない(第6章の【6.2-注1】)からである。これにより、
は、拘束力の影響を受けず、外力だけに依存することになる。
式()のもとで、運動方程式()の
を展開すると、以下の運動方程式が得られる:(
)
導出は以下の【11.1-注2】の通りである。上式は、外力
だけを右辺に集めることを優先し、当初予定していた
の形にはしていない。このおかげで、外力がない場合には、右辺がゼロになり、左辺の
が保存することが分かる。なお、
がブロック対角行列になっているのは、基準点を
としたおかげである。
【11.1-注2】運動方程式()の各項の計算
運動方程式()の左辺の微分を括り出したもの:
の各項を、式()の
、および、
のもとで計算すると、以下のようになる:(
)
導出
3つの式を1つずつ見ていく。
第1式
(第章の【注】)
(赤字部分がうまく消えるのは、重心を基準にとったからである。)
第2式
を代入して、を使う。
(結果がゼロになるのは、重心を基準にとったからである。)
第3式
剛体の運動方程式()の分離:式()
得られた結果をまとめておこう。式()を、重心速度
に対するものと、角速度
に対するものに分けて書くと、以下のようになる:
ただし、赤字部分の定義は以下である:
全質量:外力の和:慣性モーメント:トルク:
慣性モーメント
とトルク
に添え字
がついているのは、重心を基準にしていることを表している。式()の第2式より、外力(またはトルク
)がゼロの場合には
(角運動量という)が保存する。
式()の第1式を見ると、質点の運動方程式と同じ形になっている。即ち、重心
の時間変化を知るだけであれば、剛体に働く外力の和
さえ分かればよく、物体の形状を考慮する必要はない。これまでも、キャッチボールや振り子を考える際、物体の形状を考慮してこなかったが、実際それでよかったわけである。
式()の第2式は、回転に関する運動方程式である。その性質について次の段落にまとめる。
回転に関する運動方程式()の性質
- 簡単のため、慣性モーメント
がスカラー行列(=単位行列を実数倍したもの)になる場合(例えば球対称な剛体)を考える。この時、
の時間微分は、
となる(以下の【11.1-注3】)。従って、式()の第2式は
となり、第1式
と同じ形である。質量
が大きくなるほど速度を変化させづらくなるのと同様に、
は、大きくなるほど回転運動を変化させづらくなるような量(=回転の慣性を表す量)と見なせる。一方、トルク
は、物体を回転させようとする「力」のようなものということになる。
- 式()を見ると、トルク
が最大になるのは、重心方向と外力が直交する時であることが分かる。例えば、ボウリングのボールに力を加えて回転させる時、最も効率よく回転させることができるのは、球面に沿った方向に力を加える場合であることが直感的にわかる。実際この時、ちょうどトルクの大きさも最大になっている。逆に、ボールの重心に向かうような力がかかっている場合、トルクが
になり、ボールの回転には影響しない。
- 慣性モーメント
がスカラー行列でない場合、式()の第2式を
の形に変形すると、以下のようになる:(以下の【11.1-注3】を使った)
これからも分かるように、たとえ
であっても、右辺第2項が残るので、一般には
である。即ち、外力が働いていない場合であっても、回転軸(=
の向き)は変化し得る。
- 全ての質点要素がある同一直線
上に乗っている場合、
の逆行列が存在しなくなる(
に平行なベクトル
に対して
となる)。よって、運動方程式()は成立しなくなる。これは自然な結果である。というのも、全ての質点要素が
上に乗っている場合、
の周りの回転角度が意味をなさなくなるためである。逆に、質点要素が、平面的あるいは立体的に分布している場合には、
は常に逆行列を持つ。
【11.1-注3】慣性モーメント の時間微分
慣性モーメント
の時間微分は、以下のようになる:
導出
定義式()の微分を素直に計算すると以下のようになる:(見やすくするため
を
と略記している)
一方、式()の右辺も変形すれば同じ結果になる:
11.2剛体の運動の計算
運動方程式()を用いれば、重心速度
と角速度
の時間変化が計算できることになる。しかし、初期値をどのように設定するかなど、はっきりさせるべき点がある。この節では、それら、実際の計算に必要な議論を行う。特に、見通しの良い1階の正規形に変形すると式()のようになる。
剛体のモデリング
まず当然であるが、剛体の形状を定義する必要がある。剛体の形状は変化しないので、適当な位置・向きに配置し、その時の各質点要素
を与えてやれば十分である。これを剛体のモデル位置と呼ぶことにする。その後、このモデル位置での慣性モーメント
と重心
を、計算しておく(式()と式()に):
モデル位置は、
における位置でなくとも、計算しやすいようにとればよい。例えば、
が対角行列になるようにとれる(以下の【11.2-注1】の式()のように、対角行列にすることは常に可能である)。モデル位置での剛体の向きが、
での向きと異なる場合、回転行列
の初期値は単位行列ではなくなる:
。
任意の時刻における質点要素の座標
を求めるには、重心
と回転行列
が分かればよい:(前章の10.1節)
よって、後は
の時間変化を計算すれば、全ての質点要素
の運動を計算できる、即ち、剛体の運動が計算できる。
【11.2-注1】慣性モーメントは対角化可能
どのような
であっても、適当に回転させることによって、
を以下のように対角化することができる:
対角成分
を主慣性モーメントという。逆に言えば、モデル位置をうまくとれば、
を対角化することができる。
証明の概要
剛体を回転させた時の慣性モーメントの変化は、以下の【11.2-注2】で与えられる。一方、線形代数の定理により、「任意の実対称行列
は、回転行列
によって対角化できる(=
が対角行列になる)」ことが知られている。慣性モーメントは対称行列なのでこの定理が使えて、回転によって対角化できることが言える。
【11.2-注2】慣性モーメントの性質
モデル位置での慣性モーメントが
である剛体が、回転行列
だけ回転したとする。回転後の慣性モーメント
は以下のようになる:
導出
慣性モーメント
の定義は
である。これの第2式に式():
を代入して、同第1式をくくりだせば、式()が得られる(
を使う)。
運動方程式()を解けば運動が求まる
上述の通り、剛体の運動を計算することは、重心位置
および回転行列
の時間変化を計算することに他ならない。そのためには、運動方程式()を解けば良いわけだが、1階の微分方程式(第3章の【3.1-注1】)の形に変形しておくと見通しがよい:
上2つが重心
に関するもの、下2つが回転
に関するものである。第4成分は、角運動量
の微分での代わりに、角速度
の微分()を用いてもよい。
後は、時刻
における
部分の値を与えたうえで、1次近似から得られる漸化式:
を用いて、微小な時間幅
ずつ時刻を進めていけば、任意の時刻
の
が計算できる、即ち、
が求まる。これは第3章の【3.1-注1】で述べたオイラー法である。そこでも指摘した通り、式()は精度が低いので、実用上は誤差の少ない4次のルンゲ・クッタ法などを使う。
なお、式()の第4成分から、時刻
における角運動量
が決まるが、実際に必要なのは、同時刻の
である。実際、漸化式()の次のステップで、第3成分の計算をする際に
を使う。
を求めるには慣性モーメント
が分かれば良いわけだが、【11.2-注2】により、
とモデル座標での慣性モーメント
から計算できる。
式()では、
の時間発展を計算対象としたが、
の代わりに、第10章の10.3節で述べたオイラー角などの自由な座標
を用いることもできる。その場合、同章の【10.3-注2】や【10.3-注3】に示した
と
の関係式を
と書くことにして、以下のようになる:
の初期値は任意の値をとることができる。
【例題】重力は剛体の回転に影響しない
例として、外力として一様な重力のみが作用している場合を考える。この場合、外力の総和
およびトルク
は、例外的に簡単になる:
よって、運動方程式()の第1式より、重心
の運動方程式は
となり、第1章の質点のキャッチボールの場合と同じになる。また、回転部分については、同第2式よりトルクが発生しないので、重力は回転には影響しないことも分かる。
そこで、回転部分のみの着目して、外力が働いていない場合の運動について数値計算を行う。実際に計算を行うと、右図のようになる。