密度分布
が分かっている曲線・曲面・立体の全質量を求めたい。
全体の質量=微小要素の質量の和
3次元空間中に曲線(の形をしたひもや針金)がおかれているとする。この曲線の全質量を求める方法を考えてみる。もしも曲線の線密度が一定であればこれは簡単で、全質量
は、線密度
に「曲線の長さ
」を掛けたものになる:
は
に比例することは直感的に明らかだろう。
はその係数として定義されるものであり、予め分かっているとする。
線密度
が場所によって異なる場合であっても、右図のように、曲線を多数の微小な線要素に仮想的に分割すればよい。全質量
は、それぞれの線要素の質量
を足し合わせたものである(=区分求積法):
線要素を十分小さくとっておけば、各々の線要素内では密度が一定になっていると見なせるので、
は、式()と同様に「線要素の密度
」と「線要素の長さ
」の積で近似できる:
両式を合わせることにより、
は
と近似できる。
等式にするには、分割を非常に細かくしていった極限(
と書くことにする)を取ればよい:
これは、区分求積法の形をしているので、通常の積分
の形に帰着させる公式が存在しそうである。
この章では、そのような積分公式を求める。線密度・面密度・体積密度の場合それぞれについて、以下の3つの節に分けて議論を行う:
線密度の積分面密度の積分体積密度の積分
なお、見やすくするため、通常の積分表記
の代わりに、
を省略した以下の表記を使う(標準的ではない):
14.1線密度の積分
この節では、曲線の形状を適当なパラメータ
で表すことにより、曲線上での積分を、通常の積分
に帰着させる公式()を導く。
全質量を微小線要素の和で表す:式()
質量を求めたい曲線を
とおく。冒頭で述べたように、
を微小な線要素に分割する。右図のように、
番目の線要素の始点を
とし、線要素の始点と終点を結ぶベクトルを
とおく。1つの線要素の質量は
なので、全質量
は、式()と同様に定式化できる:
式()の
を形式的に
に置き換えた形になっているのは、通常の区分求積法と同様である。
は曲線
上で積分を行うことを表す。通常の積分と違って絶対値
をかけており、積分の方向が意味を持たないので、この表記で十分である。
ただし、以降では、さらに積分表記を簡略化して、
を省略したものを使う(一般的ではない):
は、
が
上の点をとることを表す。式()を見たら、頭の中で式()(=
を細かい線要素に分割して「線要素の長さと
をかけたもの」の総和をとる)をイメージする。
積分()を数直線上の積分に引き戻す:式()
式()の値は、曲線の形状
と密度
を与えることで決まる。問題は、これをどう計算するかである。冒頭でも述べたように、曲線
は1次元なので、3次元空間内の積分()を、1次元の数直線
上の積分
の形に変換したい。この変換のことを、積分を(3次元空間から数直線上に)「引き戻す(pullback)」という。引き戻しを行うには、式()の各項を
で表せばよい。
まず、右図のように針金の曲線
に適当なパラメータ
を入れ、
が取り得る範囲を
とおく。
を与えれば、対応する
が決まる。これにより、密度分布
も、
上に引き戻される(=
の関数として表される):
。
ここで、
の分割を決めれば、曲線
の分割も決まることに着目する。実際、右図のように、
を微小な線要素
に分割してやれば、
は、微分の連鎖律から決まる:
このことを、
の分割を
に「押し出す(pushforward)」という。これにより、式()の
を、
で表すことができる:
部分は本来、絶対値を付けて
とすべきだが、
となるように分割することにして絶対値を外した。
は計量と呼ばれる。計量という名前は、式()のように、
から、
の大きさ
を「計量」するために必要な量であることに由来する。
後は、式()を式()に代入すれば、
での積分になる。即ち、
の範囲を
として以下のようになる:
得られた結果をまとめると、以下の【14.1-注1】のようになる。
【14.1-注1】線積分の引き戻し公式:式()
曲線
上で与えられた線密度
を、
上で積分したもの
は
で与えられる。この積分を数直線上の区間
に引き戻す公式は、以下のようになる:(
)
あえてルート記号を残しているのは、後述の面積分()や体積積分()と合わせるためである。
【例題】円の場合:式()
例題として、半径
の円形の針金の質量
を考える。線密度
は定数とする。答えはもちろん
(=円周の長さ
に線密度
をかけたもの)であるが、式()を用いて計算する。
2次元の極座標
を使って引き戻すのが自然である。式()より、
は
よって質量
は、式()により、積分範囲が
であることに注意して
14.2面密度の積分
この節では、曲面の形状をパラメータ表示することで、曲面上での積分を通常の多重積分に帰着させる公式()を導く。
全質量を微小面要素の和で表す:式()
曲面(
とおく)の質量を計算したい。そのために、前節と同様に、
を微小な面要素に分割する。右図のように、
番目の微小要素上の1点を
とし、要素の面積を
とおく。
の全質量
は、面要素の質量
の和をとれば良いので、式()と同様に、以下のように書ける:
は曲面
上の積分であることを表す。
前節の線積分の場合と揃えるために、微小な面積を
という記号で表している。これは、2次元平面上の2つのベクトル
が作る平行四辺形の面積
が、
(
は行列式であり、符号は全体が正になるように選ぶ)と書けることを考えると自然だろう。なお、3次元空間でも成り立つ面積の公式は、以下の【14.2-注1】のようになる。
前節と同様に、以降では、式()を以下のように略記する(一般的な記法ではない):
【14.2-注1】3次元空間での面積の公式
2つの3次元ベクトル
が作る平行四辺形の面積
は、以下のようになる:
は行列式である(
と書くと見づらいため)。
導出
導出は、内積の公式
を使うだけである。
は
のなす角(右図)。実際、式()の右辺の2乗を計算していけば、左辺の2乗に一致する:
右辺
式()を2次元平面上の積分に引き戻す:式()
曲面自体は2次元なので、積分()を2次元平面上の積分に引き戻すことを考える(右図)。まずは、曲面
上に、適当なパラメータ
を入れてやればよい:
。
の取る平面領域を
とおく。密度関数も、
の関数に引き戻される:
。
次に、前節の1次元の場合と同様に、
を微小面要素に分割する。
での分割を
に押し出すことにより、
の分割も決まる。実際、微小面要素を「
軸に沿った長方形」とすれば(右図緑色部分)、
を元の曲面
に押し出したベクトル、それぞれ
は
となる(式()と同様)。
後は、式()の面積
を、
を用いて表せばよい。式()を面積公式()に代入するだけである:
右と同じ定義:行列式の公式:
なお、
には、本来、絶対値が必要だが、前節と同様に
と取ることにして絶対値を外した。この
も計量と呼ばれる。
上での微小ベクトル
を
に押し出したベクトル
の大きさは、
により、
と書ける。
式()を区分求積の式()に代入すると、全質量
が、2次元平面
上の積分で表される:
上での積分()を計算するには、
積分と
積分を順に行えばよい(累次積分):
詳細は以下の【14.2-注2】を参照のこと。
【14.2-注2】面積分の引き戻し公式:式()
曲面
上で与えられた線密度
を、
上で積分したもの
:
を計算したい。この積分を、
を軸とする2次元平面上の領域
上の積分に引き戻す公式は、以下のようになる:(
)
まず
積分を行って、次に
積分を行えばよい。
ただし、
積分の範囲
は、
における
の最小値・最大値である(右図)。
積分の範囲
は、
を固定したときの
の最小値・最大値である(同図)。式()の積分順序を変えて
積分を先に行ってもよい:
その場合、
を横に刻む形になる:
【例題】球面の場合:式()
半径
の球面の質量
を考える。面密度
は定数とする。答えはもちろん、
である。
極座標
:
を用いて引き戻すことを考える。まず、
は、計量
の定義()により、以下のようになる:
が上手く対角化されているのは、
軸と
軸が直交するためである。よって、式()から質量
が求まる。実際、
が、
と
で定義される直方体であることに注意して
14.3体積密度の積分
立体の場合、すでに通常の多重積分の形になっているので、引き戻しは、単なる変数変換となる。この節では、その変数変換の公式()を導く。
全質量を微小体積要素の和で表す:式()
立体
の質量を求めたい。これまでと同様に、
を微小な体積要素に分割する。
番目の要素上の1点を
、体積を
とおくと、
の全質量
は
となる。前節同様、式()は、以下のようにも表記する:
3つのベクトル
が作る平行六面体の体積
は、平行四辺形の面積に場合()と同様に
となる。あるいは、公式
が使えるので、以下のようにも書ける:(符号は全体が正になるようにとる)
そのまま計算する場合は式()、変数変換を行う場合は式()
3次元の場合は、引き戻し(変数変換)を行わなくても計算できる。実際、体積要素が「
軸に沿った直方体」になるように分割を行えば、その体積
は、直方体の各辺の長さを
として、
となるので、式()は以下のようになる:
前節の式()と同様に、各変数について順に積分すれば計算できる。
とはいえ、変数変換を考えたほうがよい場合もある。例えば、球対称な物体の場合は、極座標を用いた方が計算しやすいだろう。変数変換を行うために、立体
上に適当なパラメータ
を入れる:
。
の取り得る領域を
とする。
上の微小体要素として、
軸に沿った直方体
を考え、「この直方体を
に押し出したもの」の体積
は、式()を用いて以下のようになる:
右と同じ定義:
には、本来、絶対値が必要だが、これまでと同様に
と取ることにして、絶対値を外した。
上式()を、式()に代入すると、変数変換を行った場合の公式が得られる:
以上をまとめると、【14.3-注1】のようになる。
【14.3-注1】体積積分の引き戻し公式:式()
体積
上で与えられた密度
を、
上で積分したもの
は
で与えられる。この積分を、
を変数とする領域
上の積分に引き戻す(=変数変換する)には、被積分関数に
をかければよい:(
)
なお、
は以下のようにもかける:(符号は全体が正になるようにとる)
【例題1】球の場合:式()
半径
の球の質量
を考える。密度
は定数とする。答えはもちろん、
である。
極座標
:
を用いて変数変換することを考える。
は、計量
の定義()により
となる。今回も計量
が対角行列になっているが、これも
軸が互いに直交するからである。よって、式()から
が計算できる:
【例題2】楕円体の慣性モーメント:式()
第13章では、密度
が一定値の楕円体
の慣性モーメント
の値が以下の式()となることを、結果だけ示した。ここではその導出を行う。
まず、楕円体の積分を球の積分にするために、以下の変数変換を考える:
すると、積分領域は単位球になり、計量は
となる。これらを用いて、慣性モーメント
は以下のように計算できる:
非対角部分は、被積分関数が軸のいずれかに関して奇関数なので、積分するとになるをに変数変換積分領域が球対称になっているのでをで置き換えても値は変わらない以下の【注】楕円体の質量
【14.3-注2】積分の公式
以下の積分公式が成り立つ:
導出
導出は、極座標に変数変換すればよい: