力学編 第13章

滑り・転がり

曲がった床の上に拘束された剛体の運動方程式をを求める場合、拘束力をあらわに書き下してしまうのが都合が良い。実際の運動方程式は、床を滑る場合は式()、転がる場合は式()で与えられる。

曲がった床の上を、滑ったり転がったりしている剛体の運動方程式を求めたい。

運動方程式()の拘束力 と拘束トルク を求めたい

床の上で運動する剛体の運動を計算したい。剛体に課せられる拘束条件としては、「滑り拘束(=摩擦なく滑る)」と「転がり拘束(=摩擦が働き、全く滑らずに転がる)」を考える。

運動方程式を求めれ場良いわけだが、そのための戦略として2種類が考えられる。1つ目は、前章のように自由な速度を求め、その速度に対する運動方程式を立てる方法。2つ目は、拘束の無い剛体の運動方程式(第11章の11.1節)に、拘束力の総和 と拘束トルク を加えたもの:(添え字 は重心を基準にしていることを表す) を用いる方法である。 を求めれば、運動方程式が確定することになる。

今考えている状況では、拘束を受ける点(=床と接触している点)が時々刻々変わるので、1つ目の方法は難しそうである。よって、式()を用いる2つ目の方法を採用しよう。

即ち、 を求めることが目的となる。そのためには第8章と同様に、拘束条件を式で表してやればよい。そうすれば、ダランベールの原理から拘束力が決まり、 も決まることになる。

従って、議論すべきは、拘束条件から を求める公式の導出と、床の上を運動する剛体に課せられた拘束条件の定式化である。この章では、この方針に従って、以下のように4つの節に分けて議論する。

13.1拘束条件が追加された剛体の運動方程式

計算を見やすくするため、運動方程式()を以下のようにまとめておく: ただし、各々の記号は以下のように定義している: 運動方程式を決めるためには、 (これも拘束力と呼ぶことにする)を求めればよい。重心を基準にしているので などは のように書いたほうがよいが、見づらいので省略している。

この節では、剛体に拘束条件を課した時の拘束力 を一般的に求め、その場合の運動方程式()を導く。これにより、後の節で滑り・転がりの場合の拘束条件を求めれば、運動方程式が確定する。

剛体の速度 に対する拘束条件の一般系:式()

まず、剛体の速度 に対する拘束条件が、どのような形で与えられるかを考える。一般に、座標 に対する拘束条件の場合は の形で与えられる。速度 に対する条件は、これを で微分したもの: である。

剛体の場合、 は質点要素の速度である。 と剛体の速度 の関係式は、ある行列 を用いて の形で書ける(第11章の【11.1-注1】)。そこで、この関係式を式()に代入して得られる の形の式が、 に対する拘束条件の一般系だと仮定しよう。拘束条件が時間に依存しない場合には、式()の場合と同様に、 となるだろう。速度の式()は、座標の式()が存在することを前提として導いた。しかし、この2つは等価ではない。詳しくはこの節の最後の【13.1-注2】で述べるが、例えば、転がり拘束の場合、拘束条件は速度の式()の形で書けるにもかかわらず、座標の式()の形にすることはできない(存在しない)。即ち、速度に対する拘束条件()は、座標の式()よりも広いものとなっている。

ダランベールの原理()により、運動方程式は式()

拘束条件()から拘束力 を導くには、ダランベールの原理(第8章の8.2節)を適用すればよい。ダランベールの原理とは「拘束面と拘束力が垂直になる」というものであった。拘束面は、「時間依存性を無視した時の拘束条件」を満たす速度 で張られる空間である。

今の場合、拘束面は、式()で時間依存性を除いた を満たす が張る空間である。この式を の関係式にするには、式()の両辺に を左乗するだけである: よってダランベールの原理により、拘束条件()による拘束力 は、この式()を満たす全ての と垂直になる。即ち、ある未定乗数 を用いて、以下のように書ける: 垂直という条件 を満たすことは実際に上式を代入すれば分かる。 という記号は、 および の略記である(両方とも同じ値になる)

次に、式()を、式()の拘束力 の形にする必要がある。これは、第11章の11.1節で を求めたときと同様に、 を左乗すればよい: これが、剛体に拘束条件を追加した時のダランベールの原理である。

後は、 を求めれば、拘束力 が確定する。その方法は第8章の場合と同様で、運動方程式()と拘束条件()を連立するだけである。実際に計算すると、求める運動方程式は、以下の【13.1-注1】のようになる。

【13.1-注1】拘束された剛体の運動方程式:式()

剛体に、速度 に対する拘束条件 が課せられているとする。この時、剛体の運動方程式は以下のようになる: なお、 は以下のように書ける:(第11章の【11.1-注3】)

導出

ダランベールの原理()を運動方程式()に代入すれば、式()の形になる。後は、未定乗数 が式()になることを示せばよい。 は、拘束条件()から決まる。即ち、運動方程式()の左辺の時間微分を実行したもの: を、拘束条件()の時間微分: に代入して を消去すればよい。その式を の形に変形すれば、式()になる。

初期値に対する拘束条件には要注意

運動方程式()が得られたので、初期値を与えれば運動を計算することができる。初期値は、拘束条件を満たすように取っておく必要があるが、これがなかなかに厄介である。初期値さえ拘束条件を満たしていれば、運動方程式()の解は、自動的に拘束条件を満たし続ける。

まず、 における初期速度 は、もちろん拘束条件()を満たさなければならない。しかし、これだけではない。一般に、拘束条件は だけでなく、剛体の位置 と向き に対しても課されている(例えば床に接しているという条件)。従って、 における についても、何らかの拘束条件が課されることになる。

もし、拘束条件が、速度 を含まない関係式 の形に書けたならば、初期値が満たすべき拘束条件は、第8章のように、 である。その場合、拘束条件()は と等価である。問題は、式()に対応する が常に存在するとは限らないということである。 が存在する場合、拘束条件は可積分であるといい、存在しない場合、非可積分であるという(以下の【13.1-注2】)。非可積分な拘束条件の場合、速度 を含んだ形でしか書けず、 に対する条件は出ない(式()のみとなる)

従って、式()の形で拘束条件が与えられている場合、正しい初期値を与えるためには、その式が可積分かどうかを判定し、可積分であれば、対応する という拘束条件を初期条件に追加する必要がある。拘束条件の一部が非可積分という場合もある。13.4節で述べるが、転がり拘束の場合がそうであり、床に接するという条件は可積分だが、転がるという条件は非可積分になる。

【13.1-注2】非可積分な拘束条件

一般に、拘束条件 が、何らかの拘束条件 の時間微分 と等しい時、式()は可積分(あるいはホロノミック)であると言う。逆に、 が存在しない場合、非可積分(あるいは非ホロノミック)であるという。

可積分性の判定には、第15章の15.3節で述べるフロベニウスの定理をつけばよい。

補足

  • 可積分な拘束条件として例えば、 という拘束条件は、 と書けるので、可積分である。これは、原点からの距離 が一定という拘束条件である。運動を計算する際には、 は問題設定の中で与えられているだろう。
  • 可積分の場合には、式()を満たす を特定したいわけだが、単純に、式()と式()の左辺同士を見比べて となる を探せばよいというわけではない。というのも、拘束条件()には、逆行列を持つ任意の関数 (行列)を両辺に掛ける自由度があるからである。従って、解くべきは である。 を特定するには、この を見つけなければならないので難易度が高い。第10章の【10.3-注1】で、角速度 に対し、 となるような回転の自由な座標 が存在しないことを示した。その時は偏微分の可換性を使うだけでよかった。今の場合も似た状況ではあるが、式()には未知関数 が含まれるため、可積分性の判定はより複雑である。
  • 転がり拘束は、非可積分である。簡単のため水平な床を考えよう。転がり拘束下でのボールの運動の自由度は、「鉛直軸周りのスピン」と「前後に転がす操作」の3自由度である。よって、転がり拘束が可積分であれば、3つの拘束条件(剛体の自由度 -自由度 が存在する。これにより、剛体の位置 と向き 自由度のうち 成分を決めれば、残りは式()から決まることになる。ということは、剛体の位置を決めれば向きは自動的に決まることになる。しかし、これは現実と矛盾する。実際、床の上でボールを転がしてから元の場所に戻すと、向きが変化することが知られている。よって、可積分ではありえない。

13.2剛体と床が接しているための条件

この節では、剛体と床が接触し続けるために成り立つべき、剛体の速度 に対する拘束条件()を導く。滑り拘束と転がり拘束は両方とも、この条件を満たさなければならない。簡単のため、床と剛体は1点でのみ接しているとする。

モデリング:時刻 での剛体の形状は式()

床の形状を で表すことにする(右図)。即ち、これを満たす の集合が床を構成する。 に依存しているように書いているのは、時間とともに床が変形してもよいことを表している。

また、モデル位置における剛体の形状を で表すことにする。モデル位置は任意であり、床と接触するようにとる必要はない。時刻 において、剛体の位置および向きが であるとする は重心位置、 は回転行列)。この時の剛体の形状 (右図)は、モデル位置での形状 を用いて、以下のように書ける: はモデル位置での剛体の重心) これを示すには、モデル位置での質点要素 が満たす式 に、時刻 での質点要素の位置 を代入して、 を消去すればよい(回転行列の性質 を使う) が時間に依存しているように書かれているのは、剛体の運動によって、位置・向きが変わることによるものであり、剛体自体が変形するわけではない。

剛体の位置・向き に対する拘束条件:式()

この節の目的である、剛体と床が接触しているための条件を考える。剛体と床の接触点を とおく(右図)接触は1点のみと仮定する。 が満たす条件は、「 が剛体と床の両方の表面にあり、かつその点での接平面が一致する」ことなので、以下のように書ける: は、ともに での値である。 の大きさを正規化したものである。 はそれぞれ が大きくなる方向を向くので、右図のように互いに逆を向くことに注意。

式()の第3式は、 成分であるが、 の一方が与えられた時に、他方の向きを決めるだけなので、実際には つの条件しか与えない。よって、式()は全体として つの条件を与える。 を決定するには つの条件が必要なので、剛体に対する拘束条件の数は残りの つとなる。この つが (=剛体の位置・向き)に対する条件を課し、式()を通して剛体の位置・向き に対する拘束条件になっている。例えば、水平な床の上の球を考えると、拘束条件は球の高さを固定する つだけであり、水平方向や回転は自由に動ける。

剛体の速度 に対する拘束条件()

運動方程式を導くには、式()の形の拘束条件が必要である。よって、式()を、剛体の速度 に対する条件にしたい。そのためには、式()を時間微分すればよい:(接触点 も時間依存することに注意) の時間微分には が含まれているので、この式は、接触点の速度 に対する条件であると同時に、 に対する拘束条件にもなっている。上述の通り、 の時間依存性は、剛体の位置・向きの変化、即ち、 の時間依存性によるものである。

この式()は、 に対する拘束条件と に対する条件式が合わさったものなので、 を消去することを考える。これは簡単で に、式()の第3式を代入すればよい: これが に対する拘束条件であり、式()の形に変形すると、以下の【13.2-注1】の式()のようになる。

【13.2-注1】床との接触条件

床と剛体が接触し続けている時、剛体の速度 に対する拘束条件は、以下のようになる: 床の形状は で与えられ、 は剛体と床の接触点である。特に、床が静止している場合、この式は、接触点における「剛体の質点要素の速度 」が、 と垂直、即ち、拘束面と平行になっていることを意味しており、直感的にも自然である(そうでなかったら、めり込んだり離れたりしてしまう)

導出

本文中で求めた に対する拘束条件():(再掲) を変形するだけである。この式の の中に含まれている を表に出す必要がある。そのためには、 の関係式():(再掲) を使えばよい。この式の両辺の 微分および 微分を取ると、それぞれ以下のようになる: だけに作用することに注意) 後は、第1式に、第2式を代入して 部分を消去すると となる。拘束条件()は の時に成立する式なので、式()において としたものを式()を代入すれば、与式を得る。(式()の第3式 を使って で置き換える。)

接触点 の速度()

拘束条件()は、接触点 を決める式でもある。実際に を求めよう。

同式の第3式は3成分の式なので、逆行列をかけて の形に変形できればよいが、それはできない。実際、同式に現れる単位ベクトルの微分には、「その単位ベクトルと直交する面」への射影行列が含まれるため(第8章の【8.3-注1】)、ある が解であるとき、 に「 に平行なベクトル」を加えたものも再び解になってしまい一意的には決まらない。

よって、 を求めるには、拘束条件()の第3式と、式()の別の1つの式を連立する必要がある。例えば、第1式に をかけた を同第3式に辺々加えると となる。 にかかる行列は、 にかけてもゼロにならなくなるので、可逆になり、 が求まる:

以上により、速度に関する拘束条件()を、「1つの拘束条件()」と「 を与える3成分の式()」に過不足なく分離することができた。

13.3滑り拘束

この節では、滑り拘束に対する運動方程式の解き方をまとめる。それを用いて、具体的な数値計算を行う。前述のように、今考えているのは、常に1点で接触している状況である。接触点が複数ある場合、あるいは運動の途中で増える場合(衝突運動になることが多いだろう)は考慮していない。逆に、接触点が減る場合も扱えない。例えば、本来であれば空中に飛び上がってしまうような場合でも、床から離れないようにする拘束力が働いて、床にくっついたままになる。

計算方法

剛体が床の上を滑るという拘束条件は、剛体と床が接触しているという前節の条件()そのものである。よって、運動方程式()はすでに確定している。数値的に計算する方法をまとめると、以下のようになる:

1まず、床の形状 と、モデル位置での剛体の形状 を定義する。

2次に、 での初期位置 を、拘束条件()を満たす接触点 が存在するようにとる。初期速度 については、拘束条件()を満たすようにをとる。

3その後の運動は、運動方程式()から計算できる。その解き方は第11章の11.2節と同じである。ただし、 およびその時間微分は拘束条件()で与えられる における値である)。その際に現れる は、式()から求められる。

なお、接触点 は、 から直接計算することも原理的には可能であるが、ステップ毎に直接計算するのは、一般に困難である。その場合、式()の を用いて の時間変化を同時に計算していけば良い:

【例題】

例として、球を 方向につぶした(あるいは伸ばした)楕円体の剛体: を取りあげる は定数)。密度は一様とする。このモデル位置での慣性モーメント は、剛体を質点要素に分解して数値的に近似計算してもよいが、今の場合には解析的に計算することができ、以下のようになる: は剛体の質量である。(導出は第14章で行う。)

数値計算を行うと右図のようになる。

13.4転がり拘束

この節では、転がり拘束での拘束条件が、式()となることを見る。前節の滑り拘束に、滑らないという拘束条件を加えればよい。具体的な数値計算も行う。

拘束条件は式()

滑らないということは、接触点 において剛体と床が相対速度を持っていないということである。即ち、「 に位置している剛体上の質点要素 」の速度: と「 に位置している拘束面上の 」の速度 が等しいということである: よって、式()の形に変形すると となる。床が静止している場合には、 である。そうでない場合、 を求めるためには、床の上の各点の速度を与える必要がある。しかし、動く壁との衝突(第5章の5.2節)の際にも述べたが、床を定義する という式の中に、床の水平方向の速度の情報を含めることはできない。そのため、床が動いている場合には、追加でその情報を与えてやる必要がある。

式()は、滑り拘束の条件()を含んでいる。実際、式()の両辺に を左乗すると、式()に一致する。よって結局、転がり拘束の場合の計算方法は、滑り拘束の場合の拘束条件()を、上式()で置き換えるだけである。

剛体の初期位置・向きに対する拘束条件は、床と剛体が接していることのみなので、滑り拘束の場合と同じである。一方、初期速度・角速度に対する拘束条件は式()の3つを満たす必要がある。位置・向きに対する条件より、速度・角速度に対する条件のほうが多いので、上述の通り、転がり拘束は非可積分(【13.1-注2】)であることが分かる。

【例題】

床が静止している場合、数値計算を行うと右図のようになる。