電磁力学編 第12章

自己力

球対称でゆっくり運動している電荷に働く自己力は、式()。

自己力

この章では実際に電荷に働く自己力を計算する。方針は、次のとおりである。まず、運動する電荷が作る電磁場()を求める。電磁場が分かれば、後は電荷分布から、電荷に働く電磁気力()が計算できる。ただし、電荷が球対称で、速度やその微分が十分小さい時、即ち、それらの2次の項が無視できる時(以下、低速近似と呼ぶことにする)を考える。

12.1自己力

自己力を求める。自己力には、放射の反作用だけでなく、質量に対する補正を与える効果もあることを見る。

球対称かつ低速近似での自己力:式()

電荷が、その形状を変えずに運動しているとする。電荷の位置を とおき、その時間変化が与えられれば、周辺の電磁場 が決まる。これは、第10章で、リエナール・ヴィーヘルトの公式を求めた時と同様である。第10章では、電荷の大きさが無視できるという近似を用いたが、ここでは大きさを考慮に入れて考える。実際に電磁場を計算するには、マクスウェル方程式の解の公式に代入すればよい。すると、以下の【11.2-注1】のようになる。

電磁場が求まれば、電荷に働く電磁気力、即ち、自己力 が計算できる。具体的に計算すると、低速近似のもとで となる(導出は以下の【11.2-注2】) は、時刻 における電荷の加速度である。この式を見ると、直近の過去の加速度から現在の が決まることが分かる。式()の向きは加速度 と逆なので、 は加速度を小さくするように働く。また、分母に があることから分かるように、自己力は極めて小さい。

【11.2-注1】形を変えずに動く電荷が作る電磁場

電荷が形を変えずに自由に動いているとする: は電荷の位置) 電磁場は以下のようになる: ただし、 およびその微分は時刻 における値である。

この式は、数学的には厳密である。ただし、形を変えないという条件は、相対論的には現実的ではない。

【証明】

マクスウェル方程式の解の公式より、電磁場の複素表示 である の計算をすると となる。これを元の式に代入すると与式になる。

【11.2-注1】ゆっくり運動する球対称な電荷に働く自己力

時刻 での自己力 は以下のようになる: は、時刻 における電荷の加速度である。ただし、電荷は球対称、かつ、ゆっくり(=速度やその微分の2次の項が無視できるように)運動しているとする。

【証明】

仮定により、速度や加速度などの2乗の項は無視してよい。電磁場()に対してこの近似を用いると となる(磁場はローレンツ力において速度を掛けると速度の2乗が出るので無視してよい)。これを使うと、自己力は以下のようになる:

これを用いて、 の周りにテイラー展開する とそろえるために を括りだす) 一方 これらを式()に代入すれば、与式を得る。

自己力は質量に補正を与える

式()をもう少し変形しておこう。被積分関数に現れる に着目すると、加速度の変化はゆっくりだと仮定しているので、 の周りで1次近似可能である:(右辺は での値) これを式()に代入すると は電荷が静止している場合の、電磁場のエネルギーに一致する。 は荷電粒子の電荷である。 の項は分母に があるので、非常に小さい

外力を とおき(例えば外から与えた電磁場)、運動方程式 に式()を代入すると の項を左辺に移行して) となる。これを見ると、質量が だけ大きくなったように振る舞うことが分かる。(ちなみに、電荷を保ったままで形状を小さくしていくと は無限大に発散する)前章で、電磁波の放射の反作用として自己力の存在を示したが、このように質量に補正を掛けるような自己力もあるのである。 の項が、電磁波の反作用に対応する部分であり、アブラハム・ローレンツ力(Abraham–Lorentz force)と呼ばれる。

なお、式()は、あくまで近似的な方程式である。この3階微分方程式を厳密に解いたとしても、正しい運動が得られるとは限らない。例えば、静止していた電荷に、ある時刻以降、向きが一定の外力 が作用する場合を考える。 が作用し始めた段階では、式()の左辺は なので、 方向を向く。よってその直後、 方向に変化することになる。その後も、同式より、 方向を向いたままとなる。よって、 方向に大きくなり続けることになる。つまり、外力とは逆方向に加速度を増し続けるという異常な解が導かれる。

一方、元の式()を使うとそのような問題は生じない。実際、外力が作用し始めた段階では、自己力 はほぼ なので、電荷は自己力がないかのように外力の方向へ加速を始める。その後、 が大きくなってくるが、加速度を小さくする方向に働くので、向きが逆になることはない。このように、自己力は遅れて働くものだが、式()の近似では、その性質が捉えきれていないわけである。