マクスウェル方程式から、静的な法則を導出したい
前章で求めたマクスウェル方程式を使えば、電磁場の時間変化が計算できる。ここでは、マクスウェル方程式から静的な電磁場の法則(クーロンの法則とビオ・サバールの法則)が得られることを示しておきたい。そうすれば、静的な法則もマクスウェル方程式に含まれることになり、マクスウェル方程式が正しい法則であることが確認できる。逆に、静的な法則を再現できない場合、理論的に矛盾することになる(マクスウェル方程式は静的な法則を用いて導いた)。これまでの議論だけでは、そのような矛盾が生じないことは保証されていないので、確認が必要なのである。(静的な法則をローレンツ変換しただけでは矛盾は発生しないが、そうして得られた方程式が一般的に成り立つという仮定を前章で置いたので、そこに数学的な矛盾が生じる余地がある。)マクスウェル方程式を使って実際の電磁場の時間発展を計算するのは、この確認ができた後、次章で行うことにしよう。
導出のための戦略として、やや力技だが、電磁場が変動している状態において、電荷・電流密度を固定して放置した後の状態が、静的な法則に従うものになる、ということを示せばよい。具体的には、まず、電磁場も電荷・電流密度も何もない状態を考え、その後、電流を発生させる。任意の時間がたってから、電荷・電流密度の時間変化を止める。十分な時間がたてば、周りの電磁場の時間変化も収まっていくはずである。最終的に行き着く静電磁場が、クーロンの法則およびビオ・サバールの法則を満たすことを言えばよい。
上記を実行するには、電磁場の時間発展を与える一般的な公式があるとよい。この章では、そのような公式(7)について述べ、その後、その解の公式を用いて、上述の戦略に従って、クーロンの法則とビオ・サバールの法則を導出する。
9.1:マクスウェル方程式の解の公式9.2:クーロンの法則とビオ・サバールの法則の導出
この章および次章では、電流密度
𝒋(𝑡,𝒙)
の時間発展については計算対象としない。実際には、電流を構成する電荷にも電磁気力が働くので、
𝒋
はその影響を受ける。従って、厳密にいえば、
𝒋
の値を決めるには、周りの電磁場を知る必要がある(電磁場中で
𝒋
がどのように変化するかを記述する法則も必要になる)。要するに、
𝒋
はあらかじめ与えられているものではなく、電磁場と合わせて一緒に時間発展を計算していくべき量である、というのが厳密な立場である。
9.1マクスウェル方程式の解の公式
マクスウェル方程式は、前章でみたように以下で与えられる:(
˙𝑬≡𝜕𝑡𝑬
)
˙𝑬=𝑐2∇×𝑩−𝜖−10𝒋˙𝑩=−∇×𝑬0=∇T𝑬−𝜖−10𝜌0=∇T𝑩
電磁場
𝑬,𝑩
の時間変化を計算するために必要なのは、上側の2式だけである:
˙𝑬=𝑐2∇×𝑩−𝜖−10𝒋˙𝑩=−∇×𝑬}(1)
これを用いて、
𝛿𝑡
秒後の
𝑬,𝑩
の分布が計算できる。
この節では、まず、電流が存在しない場合について、マクスウェル方程式(1)の解の公式(6)を示し、続いて、電流が存在する場合の解の公式(7)を示す。
9.1.1電磁場の複素表示:式(2)
解の公式を導きたいので、式をなるべく簡単にしたい。式(1)を眺めていると、電場
𝑬
と磁場
𝑩
に関して、対称な形をしていることに気づく。実際、電流密度
𝒋
が
𝟎
の時、光速
𝑐
の存在を無視すると(単位の取り変えると
𝑐=1
とできるので数学的にも問題ない)
˙𝑬=∇×𝑩˙𝑩=−∇×𝑬
となり、対称的である。しかし、一方だけマイナスがついているので、
𝑬,𝑩
をそのまま入れ替えても同じ式には戻らず、片方の符号を反転する必要がある。
ところで、このように一方の符号を変えながら入れ替えるような演算を、我々はすでに知っている。即ち、複素数
𝑎+𝑖𝑏
に虚数単位
𝑖
をかけた時の、実部と虚部の関係である。これはちょうど、連続体力学編の第xx章で述べたバネの運動方程式における
𝑥,˙𝑥
と同じ関係である。バネの運動方程式
¨𝑥=−𝜔2𝑥
は、
𝑧≡𝑥−𝑖𝜔−1˙𝑥
と置けば
˙𝑧=𝑖𝜔𝑧
となり容易に解けるのであった(解は
𝑧=𝑒𝑖𝜔𝑡𝑧0
)。
要するに、バネの運動方程式の場合と同様に、
𝑬,𝑩
をそれぞれ実部・虚部に持つようなベクトル場
𝑭
:
𝑭≡𝑬+𝑖𝑐𝑩
を定義すれば、式(1)を一本にまとめることができる(以下の【9.1-注1】の式(3))。今後は、この複素表示された電磁場
𝑭
を用いて議論を進めることにする。
【9.1-注1】複素表示された電磁場 𝑭
電場
𝑬
と磁場
𝑩
を、それぞれ実部・虚部に持つような複素数の場
𝑭
:
𝑭≡𝑬+𝑖𝑐𝑩(2)
を導入する。すると、マクスウェル方程式は、以下のようにまとめられる:
˙𝑭=−𝑖𝑐∇×𝑭−𝜖−10𝒋0=∇T𝑭−𝜖−10𝜌(3)(4)
(電荷・電流密度
𝜌,𝒋
は実数のまま。)
9.1.2電流がない場合の、マクスウェル方程式の解の公式:式(6)
電磁場
𝑭(𝑡,𝒙)
を
𝑭𝑡,𝒙
と略記することにする。まず、電流がない場合、即ち、
𝒋=𝟎
の場合を考える(電荷はあってもよい)。マクスウェル方程式(3)は以下のようになる:
˙𝑭=−𝑖𝑐∇×𝑭(5)
この式により電磁場
𝑭
の時間微分
˙𝑭
が決まるので、初期値
𝑭0,𝒙
を与えれば、それ以降の電磁場
𝑭𝑡,𝒙
が一意的に決まることになる。ただし、
𝑭0,𝒙
は、式(4)を満たすようにとる。
解
𝑭𝑡,𝒙
は、
𝑭0,𝒙
の関数になるわけだが、これを具体的に書き下せるだろうか。実際これは可能であり、以下の【9.1-注2】のようになる。
【9.1-注2】電流がない場合の初期値問題の解
電流がない場合、初期時刻
𝑡=0
での電磁場
𝑭0,𝒙
が与えられれば、式(5)により、
𝑡
秒後の電磁場
𝑭𝑡,𝒙
が一意的に決まる。その解は、以下のようになる:
𝑭𝑡,𝒙=𝑭0,𝒙+∫𝑥′<𝑐𝑡(∇×)2𝑭0,𝒙−𝒙′−4𝜋|𝒙′|+𝑖∫𝑥′=𝑐𝑡∇×𝑭0,𝒙−𝒙′−4𝜋|𝒙′|(6)
導出
連続体力学編の第xx章の公式に代入する。
9.1.3電流がある場合の、マクスウェル方程式の解の公式(7)→きれいにしたい
次は、電流がある場合のマクスウェル方程式(3):(再掲)
˙𝑭=−𝑖𝑐∇×𝑭−𝜖−10𝒋
の解についてである。電流密度の時間変化
𝒋𝑡,𝒙
は既知であるとする。この場合も、電磁場の初期値
𝑭0,𝒙
を与えれば、
𝑡
秒後の電磁場
𝑭𝑡,𝒙
が決まることになる。この
𝑭𝑡,𝒙
は、デュアメルの原理(連続体力学編の第7章)により、電流がない場合の解の公式(6)を用いて書き下すことができる:
𝑭𝑡,𝒙=̂𝐺𝑡𝑭0,𝒙−𝜖−10∫𝑡𝑡′=0̂𝐺𝑡−𝑡′𝒋𝑡′,𝒙(7)
ただし、グリーン演算子
̂𝐺𝑡
は、電流がない場合の解、即ち、式(6)の右辺によって与えられる:
̂𝐺𝑡𝑭0,𝒙=𝑭0,𝒙+∫𝑥′<𝑐𝑡(∇×)2𝑭0,𝒙−𝒙′−4𝜋|𝒙′|+𝑖∫𝑥′=𝑐𝑡∇×𝑭0,𝒙−𝒙′−4𝜋|𝒙′|̂𝐺𝑡−𝑡′𝒋𝑡′,𝒙=𝒋𝑡′,𝒙+∫𝑥′<𝑐(𝑡−𝑡′)(∇×)2𝒋𝑡′,𝒙−𝒙′−4𝜋|𝒙′|+𝑖∫𝑥′=𝑐(𝑡−𝑡′)∇×𝒋𝑡′,𝒙−𝒙′−4𝜋|𝒙′|
これでよいのだが、見やすくするために、次の段落で、この式(7)を変形することを考える。
9.1.4式(7)の変形→式(8)
電流がある場合の初期値問題の解の公式(7)を変形すると、以下の【9.1-注4】の式(8)ようになる。
【9.1-注3】電流がある場合の初期値問題の解
時刻
𝑡=0
での電磁場
𝑭0,𝒙
を与えた時の初期値問題の解
𝑭𝑡,𝒙
は、
𝑡≥0
での電流密度
𝒋𝑡,𝒙
が与えられている時、一意的に存在して、以下のようになる:
𝑭𝑡,𝒙=∫𝑥′>𝑐𝑡Δ𝑭0,𝒙−𝒙′−4𝜋|𝒙′|+∫𝑥′=𝑐𝑡˙𝑭0,𝒙−𝒙′4𝜋𝑐|𝒙′|+∫𝑡𝑡′=0∫𝑥′=𝑐(𝑡−𝑡′)◻𝑭𝑡′,𝒙−𝒙′4𝜋𝑐|𝒙′|(8)
ただし、右辺第2項および第3項の分子は、マクスウェル方程式(3)によって与えられる:
˙𝑭=−𝑖𝑐∇×𝑭−1𝜖0𝒋◻𝑭≡¨𝑭−𝑐2Δ𝑭=−𝑐2∇𝜌−(𝜕𝑡−𝑖𝑐∇×)𝒋𝜖0
なお、
◻=𝜕2𝑡−𝑐2Δ
をダランベール演算子という。
導出
式(7)を変形すればよい。
9.2クーロンの法則とビオ・サバールの法則の導出
冒頭でも述べたように、マクスウェル方程式によって電磁場の時間変化が与えられるのだから、電荷・電流密度の時間変化を止めた後しばらく待った時に実現するであろう静電磁場は、クーロンの法則やビオ・サバールの法則で与えられるものに一致しなければならない。この節では、これを示す。
9.2.1クーロンの法則とビオ・サバールの法則の導出
初期時刻
𝑡=0
において、電磁場も電荷・電流密度も存在しないとする:
𝑭0,𝒙=𝟎
。そこから、任意の電流密度
𝒋
を発生させると、電磁場(8)は以下のようになる:
𝑭𝑡,𝒙=∫𝑡𝑡′=0∫𝑥′=𝑐(𝑡−𝑡′)◻𝑭𝑡′,𝒙−𝒙′4𝜋𝑐|𝒙′|◻𝑭≡−𝑐2∇𝜌−(𝜕𝑡−𝑖𝑐∇×)𝒋𝜖0(9)
(電流は有界な領域でのみ値を持つという現実的な条件を課すことにする。)ここで、適当な時刻
𝑡=𝜏
に、電荷・電流密度の時間変化を止める(
𝜌∞,𝒙
および
𝒋∞,𝒙
とおく)。
以上のもとで、
𝑡→∞
の極限を取った時の電磁場
𝑭∞,𝒙
は、クーロンの法則とビオ・サバールの法則に一致する:
𝑭∞,𝒙=𝑬Coulomb+𝑖𝑐𝑩Biot-Savart𝑬Coulomb(𝒙)≡14𝜋𝜖0∫𝒙′(𝜌∞,𝒙′̂𝒙−𝒙′|𝒙−𝒙′|2)𝑩Biot-Savart(𝒙)≡𝜇04𝜋∫𝒙′(𝒋∞,𝒙′×̂𝒙−𝒙′|𝒙−𝒙′|2)(10)
9.2.2証明
式(9)の時間積分を
𝑡′=𝜏
の前後で分けて書くと
𝑭𝑡,𝒙=(∫𝜏𝑡′=0+∫𝑡𝑡′=𝜏)∫𝑥′=𝑐(𝑡−𝑡′)◻𝑭𝑡′,𝒙−𝒙′4𝜋𝑐|𝒙′|
後は各項において、
𝑡→∞
の極限を計算すればよい:
∫𝜏𝑡′=0[⋯]=∫𝜏𝑡′=0∫𝑥′=𝑐(𝑡−𝑡′)◻𝑭𝑡′,𝒙−𝒙′4𝜋𝑐|𝒙′|∣
∣
∣
∣電荷・電流密度は有界な範囲にあるので、|𝒙′|が十分大きければ、◻𝑭𝑡′,𝒙−𝒙′=𝟎𝑡→∞→𝟎∫𝑡𝑡′=𝜏[⋯]=∫𝑡𝑡′=𝜏∫𝑥′=𝑐(𝑡−𝑡′)◻𝑭𝑡′,𝒙−𝒙′4𝜋𝑐|𝒙′|∣
∣
∣
∣
∣◻𝑭𝑡′≡−𝑐2∇𝜌∞+𝑖𝑐∇×𝒋∞𝜖0を代入。被積分関数が𝑡′に依存しないので、積分をまとめる。=𝑐−1∫𝑥′<𝑐(𝑡−𝜏)−𝑐2∇𝜌∞,𝒙−𝒙′+𝑖𝑐∇×𝒋∞,𝒙−𝒙′4𝜋𝜖0𝑐|𝒙′|𝑡→∞→𝑐−1∫𝒙′−𝑐2∇𝜌∞,𝒙−𝒙′+𝑖𝑐∇×𝒋∞,𝒙−𝒙′4𝜋𝜖0𝑐|𝒙′|∣
∣
∣
∣
∣∇を積分の外に出してから、変数変換𝒙″=𝒙−𝒙′を行った後、∇を積分の中に戻して微分を実行する=∫𝒙″𝜌∞,𝒙″4𝜋𝜖0̂𝒙−𝒙″|𝒙−𝒙″|2+𝑖𝑐∫𝒙″−14𝜋𝜖0𝑐2̂𝒙−𝒙″×𝒋∞,𝒙″|𝒙−𝒙″|2(11)(12)
𝑭∞,𝒙
は、式(11)と式(12)を足し合わせたものになるわけだが、これは確かに式(10)に一致している。
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