6.矛盾の解消

ガリレイ変換の矛盾を解消したものが、ローレンツ変換(8)である。

ガリレイ変換の矛盾を解消したい

ガリレイ変換の矛盾を解消したい。前章の議論によると、慣性系 K から別の慣性系 K に移った時の電荷・電流密度 j=[ρj] の変換則が、マクスウェル方程式を用いた場合 j=[1ϵ0μ0vT01]j(1) となり、世界線を用いた場合 j=[10Tv1]j(2) となるのであったvK 系から見た K 系の速度)。これらは、同じものを表しているにもかかわらず、式の形が異なっている。これは解消しなければならない。ただし、2つの式の違いは、通常の実験では確認できないほど微小である( ϵ0μ01 および ρ|v||j| による)。
この章では、両者を整合させる変換であるローレンツ変換の導出とその検証について述べる: 5.1:5.2:

6.1 ローレンツ変換:式(8)

この節では、ローレンツ変換(8)を導く。
これ以降、式(1)の ϵ0μ0 の平方根の逆数を c で表すことにする: c1ϵ0μ0=2.9979×108ms1(3) 非常に大きな値を持つ定数 c は速度の次元を持ち、光速と呼ばれる。その名の通り、光の速さに等しいことが実験的に知られている(真空中の場合であり、空気中や水中などでは遅くなる)

無限小ローレンツ変換

矛盾する変換式(1)と式(2)は、通常の実験の誤差範囲内ではともに正しい。しかし、ともに同じ慣性系での座標を表しているのだから、本来であれば、等しくなるはずである。従って、これらは近似的なものであると考えられる。実際、 v を非常に大きくできれば、両者の違いが測定できるようになるだろう。では、厳密な変換式を得るにはどうすればよいだろうか。
もっとも単純なのは、両者に共通する項を残した Λ(v)?=[1c2vTv1](4) だろう。c は式(3)で述べた光速である。)
ただし、この式(4)は厳密なものではありえない。というのも、 v の符号を反転させたものが逆行列になるはずだが、そうなっていないからである: Λ(v)Λ(v)=[1c2vTv1][1c2vTv1]=[1c2vTv0T01c2vvT]1(5) 式(5)は単位行列ではないが、単位行列からのずれは v の2次である。従って式(4)は、 v の1次近似とみなすべきだろう。これを無限小ローレンツ変換という。

一般の速度でのローレンツ変換:式(8)

無限小ローレンツ変換(4)により、元の系 K に対して十分小さな相対速度 δv で移動している慣性系 K への座標変換は、以下のようになる: [tx]Λ(δv)[tx]Λ(δv)[1c2δvTδv1](6) これを用いて、一般の相対速度で成り立つ厳密な式を求めたい。なお、ガリレイ変換の場合と同様に、時空の原点は、両方の慣性系で一致するようにとる。例えば、粒子の衝突が、 K 系において (t,x)=(0,0) で起きたとしたら、その衝突を K 系から見た場合にも (t,x)=(0,0) で起きるということである。
それには、この微小な変換を連続してつないでいけばよい。具体的には、まず、 K 系から見て δv で移動する系 K への変換式は、式(6)となるが、ここからさらに、 K 系から見て同じく δv で移動する系 K′′ への変換は [t′′x′′]Λ(δv)[tx]Λ(δv)Λ(δv)[tx] となる。これを繰り返せば、大きな速度 v の場合のローレンツ変換を求めることができる。要は、微分方程式の形にできるということである。
微分方程式を立てることを考える。「 K 系から見て速度 v で動いている慣性系 K 」への座標変換のヤコビ行列 Λ(v) が与えられている時、速度 v の大きさを(向きを保ったまま) δv だけ変化させると Λ(δvˆv)Λ(v)Λ(v)+[0c2ˆvTˆv0]Λ(v)δv Λ(v)v で微分したものは、 δv の係数、即ち、緑字部分: dΛdv=[0c2ˆvTˆv0]ΛAΛ(7) となる。この微分方程式を、境界条件 Λ(0)=1 のもとで解けばよい。実際に計算すると、以下の【6.2-注1】のようになる。

【6.2-注1】ローレンツ変換:式(8)

慣性系 K に対して、速度 v で移動している慣性系 K への座標変換は [tx]=Λ(v)[tx]Λ(v)γc2γvTγv(1ˆvˆvT)+γˆvˆvTγ11c2|v|2(8) となる。この変換をローレンツ変換といい、 γ をローレンツ因子という。 v が小さい場合には γ1 と近似できるので、ガリレイ変換で近似できるようになる。また、期待通り、 Λ(v)Λ(v)=1 となっている。

導出

式(7)を解けばよい。連続体力学編で述べた線形微分方程式の一般論に従って、 A の対角化を考える(以下の【6.1-注2】)。対角化を実行すると A=P1⎢ ⎢ ⎢ ⎢c1c100⎥ ⎥ ⎥ ⎥PP1[c1c100ˆvˆvˆv1ˆv2],P=⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢12c12ˆvT12c12ˆvT0ˆvT10ˆvT2⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥ となるˆv,ˆv1,ˆv2 は正規直交基底を成すようにとる)。よって、式(13)により解が得られる: Λ(v)=P1⎢ ⎢ ⎢ ⎢ec1vec1v11⎥ ⎥ ⎥ ⎥PΛ(0)1=cosh(c1v)c1sinh(c1v)ˆvTcsinh(c1v)ˆv(1ˆvˆvT)+cosh(c1v)ˆvˆvT(9)
しかし、まだである。これを使って K 系の原点の速度 u を求めると u=ctanh(c1v)ˆv(10) となり、 v とは一致しない。実際に知りたいのは、相対速度の時の変換式なので、式(9)を、 u 用いたものに書き直し、 u を改めて v と書くことにすれば、式(8)となる。
ところで、 vu の違いは何を意味するのだろうか。 Λ(v) について考え直してみると、 Λ(v) は、非常に大きな n について、 δv=vn の無限小ローレンツ変換を n 回繰り返したときのローレンツ変換である。これが慣性系間の相対速度 u と一致しないということは、速度の加法性が成り立たないということである。このことは、式(10)の大きさを取ることにより |u|<c(11) という上限が得られることからも分かる(加法性が成り立てば c を超えるることができるはず)。次節の【6.2-注1】で、速度の合成則を示す。

【6.1-注2】線形微分方程式の解法

線形微分方程式 dxdt=Ax(12) を解きたい(初期値を x(0)=x0 とする)A は定数行列であるとする。もし、 A が対角化可能ならば、即ち A=P1⎢ ⎢λ1λ2⎥ ⎥P という形に変形できれば、求める解は、以下のようになる: x(t)=P1⎢ ⎢eλ1teλ2t⎥ ⎥Px0(13) x は行列でもよい。

導出

変数変換 x=Px とおく。これを逆に解いた x=P1x を式(12)に代入すればよい:(独立な微分方程式に分離するので容易に解ける) dxdt=⎢ ⎢λ1λ2⎥ ⎥xx=⎢ ⎢eλ1teλ2t⎥ ⎥x0 これに x=Px を代入して x の式に戻せば、式(13)になる。
このように、対角化を行うことにより、容易に扱うことができる対角行列の計算に落とし込める。対角化は、線形微分方程式に限らず、有用な手法である。対角化の方法については、固有値・固有ベクトルを求めるという一般的な方法が存在するが、数学的すぎるので割愛する。なお、対角化可能でなくても、ジョルダン標準形に対しても、式(13)と同様の公式を求めることが可能である。

6.2 光速を用いたローレンツ変換の検証

この節では、光速が慣性系によらないことが実験的に示されれば、ローレンツ変換(8)のみが正しい変換となることを示す。

ローレンツ変換は光速を変えない

ローレンツ変換(8)は、時間と空間が入り混じった形となっている。これが本当に正しいのか、検証する必要がある。
式(10)で述べた様に、ローレンツ変換が正しければ、系を連続的に加速していっても、光速 c に到達することはできない。あるいは、ローレンツ変換(8)でも、 |v|=c のところで、ローレンツ因子 γ が発散する。ということは、光速 c は、慣性系によらず同じ値になるのではないだろうか。
力学編の第4章で述べた相対性原理によれば、電気定数 ϵ0 と磁気定数 μ0 は慣性系によらないのだから、これらを用いて式(3)で定義される量である c も、慣性系によらない。もっとも、 c は速度の次元を持ってはいるが、ある完成形でたまたま光速に一致しているだけで、物理的な速度とは無関係である可能性もある。従って、これだけでは何とも言えない。
本当に c が慣性系によらないかどうかは、速度の合成則を実際に計算してみればよい。速度の合成則は、以下の【6.2-注1】で与えられる。この式(14)において、 |V|=c とすると、予想通り |V|=c となることが分かる。従って、確かに、 c は慣性系によらない。
以上により、ローレンツ変換が正しければ、光速が慣性系によらないという奇妙な性質が成り立つことになる。(日常的には速度の合成は単純な足し算になるはずである。)これは検証可能である。例えば、「昼と夜」や「夏と冬」というふうに、異なる相対速度を持つタイミングで光速を測定してみればよい。その結果、確かに光速が変化しないことが実証されている。

【6.2-注1】速度の合成則

ある系 K において速度 V の運動を、別の慣性系で観測したときの速度 VV=γ1V+Vv1c2vTV(14) である。ただし、 v は「 K 系から見た K 系の速度」であり、 VV は「 Vv の平行・垂直成分にそれぞれ分解したもの」である。

導出

時空上のある点 (t,x) とそこから微小間隔 (δt,δx) だけ離れた点に移動することを考える。速度 V で移動するならば δxVδt(15) が成り立つ。 (δt,δx) を別の慣性系 K から見たもの (δt,δx) を求め、式(15)を K 系での量に変換すれば、 V 'が求まる。式(8)より、 (δt,δx)[δtδx]=[γc2γvTγv1+(γ1)ˆvˆvT][δtδx]‖ ‖ ‖ ‖δx(15)δt=γc2γvTVγv+[1+(γ1)ˆvˆvT]Vδt となる。後は、 δxδt で表せばよい: δxγv+[1+(γ1)ˆvˆvT]Vγc2γvTVδt δt の係数が、求める V であり、式(14)に一致するˆvˆvTV=V に注意)
速度が光速 c より非常に小さい場合、即ち、 |v|,|V|c の場合、式(14)は、ガリレイ変換の場合の速度の合成則 V=Vv となる。速度が大きくなると、単純な足し算では書けなくなるのである。

光速が不変ならばローレンツ変換以外にあり得ない

では逆に、光速を不変にするような変換はローレンツ変換以外にあるのだろうか。
まず、変換は線形としてよい。というのも、非線形な変換であれば、力を受けない物体が加速度を受けることになり、相対性原理に反するからである。また、時空の原点の取り方も任意であると考えられる。よって、ある定数行列 Λ によって [tx]=Λ[tx](16) と変換することになる。
光速を不変に保つという条件を課すと、 Λ は、以下を満たすことが分かる:(以下の【6.2-注2】の式(19)) ΛTηΛ=η(17) を満たすことになる。これは、回転行列 RRTR=1 を満たすのと似た式である。さて、この条件を満たすような変換を考えるわけだが、回転行列の場合と同様に、無限小変換を考えればよい。任意の微小ベクトル δθ,δv に対し Λ=1+[0c2δvTδvδθ×](18) は、式(17)を1次近似の範囲で満たす。 δv は上述の無限小ローレンツ変換、 δθ は無限小回転である(力学編の第10章)。ところで、式(17)は、16本の方程式だが、自動的に対称行列になるので、実際には10本の条件を与えるだけである。従って、残りの6つの自由度が残る。式(18)はその6つの自由度を持っている。
よって、式(17)を満たすのは、ローレンツ変換と回転のみである(無限小変換で書けない座標反転がこれに加わる)。回転は、座標の軸の向きを変えるだけなので、光速が変わらないのは当然である。回転しても慣性系間の相対速度は変わらないので、今考えている座標変換ではない。よって結局、相対速度を生じさせるのは、ローレンツ変換(8)だけである。即ち、光速が慣性系によらないことを実験で示されているので、座標変換はローレンツ変換(8)意外にはあり得ないということである。(ローレンツ変換と回転・座標反転を組み合わせたものも相対速度を生じさせるが、特筆すべきものではない。)
なお、式(17)を満たす変換をローレンツ変換と呼ぶ流儀もある。すると、式(8)だけでなく、回転や反転(およびそれらを組み合わせたもの)もローレンツ変換ということになる。その場合、式(8)のことは、ローレンツブーストという。しかし、当面はこの流儀は採用せず、ローレンツブーストのことをローレンツ変換と呼ぶことにする(そうすると向きの違うローレンツ変換の合成がローレンツ変換でなくなってしまうが)。

【6.2-注2】光速不変な変換はミンコフスキー計量を保つ

光速を不変に保つような座標変換(16)は ΛTηΛ=ηη⎢ ⎢ ⎢ ⎢1c2c2c2⎥ ⎥ ⎥ ⎥(19) を満たす。 η をミンコフスキー計量という。

証明

各々の系 K,K における物体速度をそれぞれ定数 V,V とすれば δx=Vδtδx=Vδt}(20) が成り立つ。ここで、速度が光速であるという条件 |V|=V=c(21) は、以下のように書き換えられる: δt2c2δx22=δt2c2δx22=0 (式(20)を代入すればすぐ分かる。)この式は、さらに δx[δtδx],η[1c2] という記号を導入すると δxTηδx=δxTηδx=0 となる。右側の等式に、ローレンツ変換 δx=Λδx を代入すると δxTΛTηΛδx=0 これが、 δxTηδx=0 を満たす任意の δx に対して成り立つので、ある実数 λ を用いて ΛTηΛ=λη と書けることが分かる。 λ は単位の取り換えに対応する自由度である(例えば、 1s,1m の代わりに、 10s,10m を単位にしても c の値は変わらない)。1秒の定義をそろえれば、 λ=1 になる。