ガリレイ変換の矛盾を解消したい
ガリレイ変換の矛盾を解消したい。前章の議論によると、慣性系
から別の慣性系
に移った時の電荷・電流密度
の変換則が、マクスウェル方程式を用いた場合
となり、世界線を用いた場合
となるのであった(
は
系から見た
系の速度)。これらは、同じものを表しているにもかかわらず、式の形が異なっている。これは解消しなければならない。ただし、2つの式の違いは、通常の実験では確認できないほど微小である(
および
による)。
この章では、両者を整合させる変換であるローレンツ変換の導出とその検証について述べる:
ローレンツ変換光速を用いたローレンツ変換の検証
6.1ローレンツ変換:式()
この節では、ローレンツ変換()を導く。
これ以降、式()の
の平方根の逆数を
で表すことにする:
非常に大きな値を持つ定数
は速度の次元を持ち、光速と呼ばれる。その名の通り、光の速さに等しいことが実験的に知られている(真空中の場合であり、空気中や水中などでは遅くなる)。
無限小ローレンツ変換
矛盾する変換式()と式()は、通常の実験の誤差範囲内ではともに正しい。しかし、ともに同じ慣性系での座標を表しているのだから、本来であれば、等しくなるはずである。従って、これらは近似的なものであると考えられる。実際、
を非常に大きくできれば、両者の違いが測定できるようになるだろう。では、厳密な変換式を得るにはどうすればよいだろうか。
もっとも単純なのは、両者に共通する項を残した
だろう。(
は式()で述べた光速である。)
ただし、この式()は厳密なものではありえない。というのも、
の符号を反転させたものが逆行列になるはずだが、そうなっていないからである:
式()は単位行列ではないが、単位行列からのずれは
の2次である。従って式()は、
の1次近似とみなすべきだろう。これを無限小ローレンツ変換という。
一般の速度でのローレンツ変換:式()
無限小ローレンツ変換()により、元の系
に対して十分小さな相対速度
で移動している慣性系
への座標変換は、以下のようになる:
これを用いて、一般の相対速度で成り立つ厳密な式を求めたい。なお、ガリレイ変換の場合と同様に、時空の原点は、両方の慣性系で一致するようにとる。例えば、粒子の衝突が、
系において
で起きたとしたら、その衝突を
系から見た場合にも
で起きるということである。。
それには、この微小な変換を連続してつないでいけばよい。具体的には、まず、
系から見て
で移動する系
への変換式は、式()となるが、ここからさらに、
系から見て同じく
で移動する系
への変換は
となる。これを繰り返せば、大きな速度
の場合のローレンツ変換を求めることができる。要は、微分方程式の形にできるということである。
微分方程式を立てることを考える。「
系から見て速度
で動いている慣性系
」への座標変換のヤコビ行列
が与えられている時、速度
の大きさを(向きを保ったまま)
だけ変化させると
を
で微分したものは、
の係数、即ち、緑字部分:
となる。この微分方程式を、境界条件
のもとで解けばよい。実際に計算すると、以下の【6.2-注1】のようになる。
【6.2-注1】ローレンツ変換:式()
慣性系
に対して、速度
で移動している慣性系
への座標変換は
となる。この変換をローレンツ変換といい、
をローレンツ因子という。
が小さい場合には
と近似できるので、ガリレイ変換で近似できるようになる。また、期待通り、
となっている。
導出
式()を解けばよい。連続体力学編で述べた線形微分方程式の一般論に従って、
の対角化を考える(以下の【6.1-注2】)。対角化を実行すると
となる(
は正規直交基底を成すようにとる)。よって、式()により解が得られる:
しかし、まだである。これを使って
系の原点の速度
を求めると
となり、
とは一致しない。実際に知りたいのは、相対速度の時の変換式なので、式()を、
用いたものに書き直し、
を改めて
と書くことにすれば、式()となる。
ところで、
と
の違いは何を意味するのだろうか。
について考え直してみると、
は、非常に大きな
について、
の無限小ローレンツ変換を
回繰り返したときのローレンツ変換である。これが慣性系間の相対速度
と一致しないということは、速度の加法性が成り立たないということである。このことは、式()の大きさを取ることにより
という上限が得られることからも分かる(加法性が成り立てば
を超えるることができるはず)。次節の【6.2-注1】で、速度の合成則を示す。
【6.1-注2】線形微分方程式の解法
線形微分方程式
を解きたい(初期値を
とする)。
は定数行列であるとする。もし、
が対角化可能ならば、即ち
という形に変形できれば、求める解は、以下のようになる:
は行列でもよい。
導出
変数変換
とおく。これを逆に解いた
を式()に代入すればよい:(独立な微分方程式に分離するので容易に解ける)
これに
を代入して
の式に戻せば、式()になる。
このように、対角化を行うことにより、容易に扱うことができる対角行列の計算に落とし込める。対角化は、線形微分方程式に限らず、有用な手法である。対角化の方法については、固有値・固有ベクトルを求めるという一般的な方法が存在するが、数学的すぎるので割愛する。なお、対角化可能でなくても、ジョルダン標準形に対しても、式()と同様の公式を求めることが可能である。
6.2光速を用いたローレンツ変換の検証
この節では、光速が慣性系によらないことが実験的に示されれば、ローレンツ変換()のみが正しい変換となることを示す。
ローレンツ変換は光速を変えない
ローレンツ変換()は、時間と空間が入り混じった形となっている。これが本当に正しいのか、検証する必要がある。
式()で述べた様に、ローレンツ変換が正しければ、系を連続的に加速していっても、光速
に到達することはできない。あるいは、ローレンツ変換()でも、
のところで、ローレンツ因子
が発散する。ということは、光速
は、慣性系によらず同じ値になるのではないだろうか。
力学編の第4章で述べた相対性原理によれば、電気定数
と磁気定数
は慣性系によらないのだから、これらを用いて式()で定義される量である
も、慣性系によらない。もっとも、
は速度の次元を持ってはいるが、ある完成形でたまたま光速に一致しているだけで、物理的な速度とは無関係である可能性もある。従って、これだけでは何とも言えない。
本当に
が慣性系によらないかどうかは、速度の合成則を実際に計算してみればよい。速度の合成則は、以下の【6.2-注1】で与えられる。この式()において、
とすると、予想通り
となることが分かる。従って、確かに、
は慣性系によらない。
以上により、ローレンツ変換が正しければ、光速が慣性系によらないという奇妙な性質が成り立つことになる。(日常的には速度の合成は単純な足し算になるはずである。)これは検証可能である。例えば、「昼と夜」や「夏と冬」というふうに、異なる相対速度を持つタイミングで光速を測定してみればよい。その結果、確かに光速が変化しないことが実証されている。
【6.2-注1】速度の合成則
ある系
において速度
の運動を、別の慣性系で観測したときの速度
は
である。ただし、
は「
系から見た
系の速度」であり、
と
は「
を
の平行・垂直成分にそれぞれ分解したもの」である。
導出
時空上のある点
とそこから微小間隔
だけ離れた点に移動することを考える。速度
で移動するならば
が成り立つ。
を別の慣性系
から見たもの
を求め、式()を
系での量に変換すれば、
'が求まる。式()より、
は
に式を代入してを括りだす
となる。後は、
を
で表せばよい:
の係数が、求める
であり、式()に一致する(
に注意)。
速度が光速
より非常に小さい場合、即ち、
の場合、式()は、ガリレイ変換の場合の速度の合成則
となる。速度が大きくなると、単純な足し算では書けなくなるのである。
光速が不変ならばローレンツ変換以外にあり得ない
では逆に、光速を不変にするような変換はローレンツ変換以外にあるのだろうか。
まず、変換は線形としてよい。というのも、非線形な変換であれば、力を受けない物体が加速度を受けることになり、相対性原理に反するからである。また、時空の原点の取り方も任意であると考えられる。よって、ある定数行列
によって
と変換することになる。
光速を不変に保つという条件を課すと、
は、以下を満たすことが分かる:(以下の【6.2-注2】の式())
を満たすことになる。これは、回転行列
が
を満たすのと似た式である。さて、この条件を満たすような変換を考えるわけだが、回転行列の場合と同様に、無限小変換を考えればよい。任意の微小ベクトル
に対し
は、式()を1次近似の範囲で満たす。
は上述の無限小ローレンツ変換、
は無限小回転である(力学編の第10章)。ところで、式()は、16本の方程式だが、自動的に対称行列になるので、実際には10本の条件を与えるだけである。従って、残りの6つの自由度が残る。式()はその6つの自由度を持っている。
よって、式()を満たすのは、ローレンツ変換と回転のみである(無限小変換で書けない座標反転がこれに加わる)。回転は、座標の軸の向きを変えるだけなので、光速が変わらないのは当然である。回転しても慣性系間の相対速度は変わらないので、今考えている座標変換ではない。よって結局、相対速度を生じさせるのは、ローレンツ変換()だけである。即ち、光速が慣性系によらないことを実験で示されているので、座標変換はローレンツ変換()意外にはあり得ないということである。(ローレンツ変換と回転・座標反転を組み合わせたものも相対速度を生じさせるが、特筆すべきものではない。)
なお、式()を満たす変換をローレンツ変換と呼ぶ流儀もある。すると、式()だけでなく、回転や反転(およびそれらを組み合わせたもの)もローレンツ変換ということになる。その場合、式()のことは、ローレンツブーストという。しかし、当面はこの流儀は採用せず、ローレンツブーストのことをローレンツ変換と呼ぶことにする(そうすると向きの違うローレンツ変換の合成がローレンツ変換でなくなってしまうが)。
【6.2-注2】光速不変な変換はミンコフスキー計量を保つ
光速を不変に保つような座標変換()は
を満たす。
をミンコフスキー計量という。
証明
各々の系
における物体速度をそれぞれ定数
とすれば
が成り立つ。ここで、速度が光速であるという条件
は、以下のように書き換えられる:
(式()を代入すればすぐ分かる。)この式は、さらに
という記号を導入すると
となる。右側の等式に、ローレンツ変換
を代入すると
これが、
を満たす任意の
に対して成り立つので、ある実数
を用いて
と書けることが分かる。
は単位の取り換えに対応する自由度である(例えば、
の代わりに、
を単位にしても
の値は変わらない)。1秒の定義をそろえれば、
になる。