連続体力学編 第1章

弦の運動

弾性弦の運動方程式は、式(14)である。この式は、一般の1次元連続体で成り立つコーシーの運動方程式(9)に、弾性弦の構成方程式(13)を代入したものである。

連続体の加速度は、微小要素の運動方程式(1)から決まる

3次元空間中に置かれた弦の運動が知りたい。(両端が固定されて無くてもよいし、ゴム紐のようなものでもよい。)力学編では、剛体という「変形が無視できる物体」を考えたが、ここからはその条件を緩めて、変形する物体を扱う。変形するので、剛体の場合に成り立っていた「剛体の位置と向きだけで状態が決まる」という性質が使えなくなる。「弦の運動を知る」ことの意味するところは、「弦の各点にラベル 𝑥 を割り当てた時、全てのラベル 𝑥 に対して、点の空間位置 𝒙 の時間変化 𝒙𝑡,𝑥 を知る」ということである。ただし、ラベル 𝑥 は、弦の上に定義した座標系であり、弦の変形と連動する。例えば、最初に 𝑥=0 の点に(色を付けるなどして)目印をつけておくと、変形した後であっても、目印の点のラベルは常に 𝑥=0 のままである。

力学編で見たように、質点や剛体の運動を支配するのはニュートンの運動方程式(力学編第2章)である。弦の場合であっても、ニュートンの運動方程式と矛盾するような運動は起こりえない。ニュートンの運動方程式に従うと、弦上の長さ 𝛿𝑙 の微小線要素𝛿𝑙 要素と呼ぶことにする)を仮想的に取ることにより、 𝛿𝑙 要素の加速度 ¨𝒙 が、 𝛿𝑙 要素にかかる力 𝛿𝒇 から決まる: 𝛿𝑚¨𝒙𝛿𝒇(1) 𝛿𝑚 は、 𝛿𝑙 要素の質量である。両辺を近似で結んでいるのは、 𝒙𝛿𝑙 要素上のどこにとるかに任意性があるのと、 𝛿𝑙 要素自体が変形するためである。 𝛿𝑙 を小さくしていった極限 𝛿𝑙0 で、式(1)は厳密な等式になる。もちろん、どのような極限の取り方をしても、同じ ¨𝒙 にならなければならない。

以上により、ニュートンの運動方程式(1)を求め、 𝛿𝑙0 の極限を取ることにより、弦上の各点における加速度 ¨𝒙𝑡,𝑥 が求まる。加速度が与えられれば、質点や剛体の場合と同様に、初期位置 𝒙0,𝑥 および初期速度 ˙𝒙0,𝑥 の分布を与えることによって、その後の運動 ˙𝒙𝑡,𝑥 が確定することになる。

もちろん、式(1)を特定するには、弦の物性パラメータ(=伸びやすさなどの物質の性質を表すパラメータ)を与える必要がある。ここでは、弦に働く張力は、伸びに比例する(=フックの法則が成り立つ)ようなものを考える。このように、変形と張力が1次関数の関係で表されるものを弾性体という。より一般的に、固体・液体・気体などの総称を連続体という。式(1)のように「微小要素に対する運動方程式から加速度を求める」という考え方は、一般の連続体に対して使えるはずである。まずは、一般的に考えることから始めよう。

1.11次元連続体の運動方程式

この節では、弦に限定せず、一般の1次元連続体(3次元空間中)を考える。

考えるべきことは、冒頭で述べた様に、ニュートンの運動方程式(1)から、微小線要素の 𝛿𝑙 依存性を取り除くことである。そのためには、 𝛿𝑙 の1次近似を考えて、式(1)から 𝛿𝑙 を括り出せばよい。この節では、式(1)の各項から 𝛿𝑙 を括り出すことにより、1次元連続体の運動方程式(9)を導く。

以降では、張力の代わりに、応力と呼ぶことにする。張力は、ひもや弦の場合に使用する用語だが、応力は、2次元や3次元の連続体の場合にも使う一般的な用語である。変形にじて働くということである。

1.1.1微小線要素の質量 𝛿𝑚 :式(2)

まず、 𝛿𝑚 からについて考える。 𝛿𝑚 から 𝛿𝑙 を括り出すと 𝛿𝑚𝜌𝛿𝑙(2) となる。ただし、 𝜌 は、弦上の位置 𝒙𝑡,𝑥 における線密度(=単位長さあたりの質量)である。 𝜌 は、 (𝑡,𝑥) の関数である: 𝜌𝑡,𝑥

1.1.2微小線要素に働く体積力:式(3)

次に、微小要素に働く力 𝛿𝒇 である。 𝛿𝒇 は、2つに分けられる: 𝛿𝒇=𝛿𝒇vol+𝛿𝒇bound 𝛿𝒇vol は、体積力、即ち、重力のように 𝛿𝑙 要素全体にかかる力(体積力という)である。 𝛿𝒇bound は、境界力、即ち、 𝛿𝑙 要素の境界を通じて隣の要素から受ける応力の和(境界力という)である。(境界力という用語は一般的ではない。面積力と呼ぶのが一般的だが、これは境界が面になる3次元連続体の場合しか使えない。)

体積力 𝛿𝒇vol は、重力の場合 𝛿𝒇vol𝜌𝛿𝑙𝛿𝑚𝒈𝜌𝒈˜𝒇vol𝛿𝑙 である。このように、自然に 𝛿𝑙 が括り出せる。重力に限らず、体積力 𝒇vol から 𝛿𝑙 を括り出したものを、 ˜𝒇vol と書くことにする(単位長さあたりに働く体積力)𝛿𝒇vol˜𝒇vol𝛿𝑙(3)

1.1.3微小線要素に働く面積力:式(8)

さて、問題は、境界力 𝛿𝒇bound である。 𝛿𝑙 要素の両端に働く応力(張力)をそれぞれ 𝑻𝑥,𝑻𝑥+𝛿𝑥 とおくと、 𝛿𝒇bound はそれらの和である: 𝛿𝒇bound=𝑻𝑥+𝑻𝑥+𝛿𝑥(4) 𝑻 は時刻にも依存するが省略している。)連続体上の任意の点 𝑥 に働く応力 𝑻𝑥 が分かれば、 𝛿𝒇bound が確定する。

しかし、このように単純に 𝑻𝑥 と表記したままにするのはまずい。というのも、1点 𝑥 には、両側から応力がかかるので、 𝑥 を決めただけでは、どちらを取るべきか決まらないからである。これらを、ベクトル 𝒏 によって区別することにする: 𝑻𝑥,𝒏 。連続体に接する単位ベクトルであり、 𝒏 の始点側が終点側から受ける応力が 𝑻𝑥,𝒏 𝒏 は線要素の外側を向く)となるように定義する。要するに、 𝒏𝛿𝑙 要素の外側を向く時に、 𝛿𝑙 要素が受ける応力が 𝑻𝑥,𝒏 となる。

作用・反作用の法則により、 𝒏 の向きを反転させると、応力は、大きさはそのままで向きが反転する: 𝑻𝑥,𝒏=𝑻𝑥,𝒏 これを使って、応力から向きを分離することができる: 𝑻𝑥,𝒏=𝜎𝑥𝒏(5) 𝜎 を、応力テンソルという(以下の【1.1-注1】参照)𝜎 は行列ではなく1成分量である𝑻𝒏 は平行)

応力テンソルの式(5)を式(4)に代入すれば 𝛿𝑙 を括り出せるだろうか。そのためには、境界点での 𝒏 を与える必要がある。 𝒏 は、 𝛿𝑙 要素の外側を向くので、以下のようになる: 𝒏={ { {{ { {̂𝜕𝒙𝜕𝑥,𝑻𝑥,𝒏の場合̂𝜕𝒙𝜕𝑥,𝑻𝑥+𝛿𝑥,𝒏の場合 (偏微分で書いているのは 𝒙𝑡 にも依存するからである。)この 𝒏 を使うと、式(4)から 𝛿𝑥 を括り出せる: 𝛿𝒇bound=𝑻𝑥,𝒏+𝑻𝑥+𝛿𝑥,𝒏=[𝜎̂𝜕𝒙𝜕𝑥]𝑥+[𝜎̂𝜕𝒙𝜕𝑥]𝑥+𝛿𝑥𝜕𝜕𝑥(𝜎̂𝜕𝒙𝜕𝑥)𝛿𝑥(6)

後は、 𝛿𝑥𝛿𝑙 で表せばよい。 𝛿𝑙 は、 𝛿𝒙 の大きさなので: 𝛿𝑙=𝛿𝒙T𝛿𝒙𝜕𝒙𝜕𝑥T𝜕𝒙𝜕𝑥|𝛿𝑥|𝛿𝒙𝜕𝒙𝜕𝑥𝛿𝑥=𝑔|𝛿𝑥|𝑔𝜕𝒙𝜕𝑥T𝜕𝒙𝜕𝑥 (この計算は力学編14.1節の議論と同じであり、 𝑔 は計量である。) 𝛿𝑥>0 ととることにすると 𝛿𝑥1𝑔𝛿𝑙(7) となる。よって最終的に、式(6)は以下のようになる: 𝛿𝒇bound=1𝑔𝜕𝜕𝑥(𝜎̂𝜕𝒙𝜕𝑥)𝛿𝑙(8)

【1.1-注1】テンソル

幾何学的な量同士が1次関数で結びついているとき、その1次関数のことをテンソルという。例えば、幾何学的な量 𝒂,𝒃 同士が1次関数 𝒂=𝐴𝒃 で結ばれている時、 𝐴 がテンソルである。

「幾何学的な量」という概念に特に厳密な定義があるわけではないが、以下の例を見ればなんとなくイメージは沸くだろう。

具体的な例を示す。

  • 応力テンソル 𝜎 は、方向ベクトル 𝒏 から、応力 𝑻 を与えるテンソルである: 𝑻=𝜎𝒏 (1次元連続体の場合、 𝜎 は1成分量なのでテンソルというほどでもないが、次章以降で扱う2次元や3次元の連続体の場合、 𝜎 は行列になる。)
  • 力学編第11章で述べた慣性モーメント 𝐼 は、角速度ベクトル 𝝎 から、角運動量 𝑳 を与えるテンソルである: 𝑳=𝐼𝝎
  • 力学編第14章で述べた計量 𝑔 は、2つのベクトル 𝒂,𝒃 から、その内積 𝑝 を与えるテンソルである: 𝑝=𝑖,𝑗𝑔𝑖𝑗𝑎𝑖𝑏𝑖
  • 幾何学的な関数 𝒇(𝒙) の1次近似 𝛿𝒇𝑑𝒇𝑑𝒙𝛿𝒙 において、 𝑑𝒇𝑑𝒙 はテンソルである。

1.1.41次元連続体の運動方程式(コーシーの運動方程式):式(9)

以上を微小要素の運動方程式に代入した後、辺々 𝛿𝑙 で割って 𝛿𝑙0 とすると、 𝛿𝑙 によらない方程式が得られる。すると、3次元空間中の1次元連続体の運動方程式は、以下のようになる: 𝜌¨𝒙=˜𝒇vol+1𝑔𝜕𝜕𝑥(𝜎̂𝜕𝒙𝜕𝑥)(9) これを、コーシーの運動方程式という。全ての量は、 𝑡,𝑥 の関数である。

コーシーの運動方程式により、加速度 ¨𝒙 が決まるので、力学編の場合と同様に、初期値 𝒙0,𝑥,˙𝒙0,𝑥 から、その後の 𝒙𝑡,𝑥 が一意的に決まることになる。実際、時刻を 𝛿𝑡 だけ進める漸化式は以下のようになる: [𝒙˙𝒙]𝑡+𝛿𝑡,𝑥[𝒙˙𝒙]𝑡,𝑥+[˙𝒙¨𝒙]𝑡,𝑥𝛿𝑡 これを用いて、全ての 𝑥 に対して一斉に、 𝛿𝑡 ずつ時刻を進めていけば、1次元連続体の運動が求まる。ただし、 𝑥 についても離散化しておき、 𝛿𝑡 を十分小さくとっておく。

1.21次元弾性体(弦)の運動方程式

この章の冒頭で述べた様に、考えているのは、弾性体とみなせる弦の運動である。この節では、弾性体でできた弦の応力テンソル 𝜎 を与える構成方程式(13)を導き、弦の運動方程式(14)を得る。

1.2.1連続体の性質は、応力テンソル 𝜎 に含まれる

コーシーの運動方程式(9)を確定させるには、応力テンソル 𝜎 が分かっていなければならない。 𝜎 は、物性や変形などに依存する何らかのパラメータ 𝒑 の関数となるはずである。 𝒑 から 𝜎 を与えるそのような方程式 𝜎=𝜎(𝒑) を、構成方程式という。連続体の性質の違いは、全てこの構成方程式に反映され、式(9)自体は物質によらず共通となる。

1.2.2構成方程式:式(13)

弾性体の場合、応力の大きさ |𝑻|=|𝜎| は、伸び幅や縮み幅に比例する。釣り合いの状態にある微小線要素上において、応力テンソル 𝜎 の大きさ |𝜎| は要素上の全ての点で等しく、以下のようになる: |𝜎|=𝛿𝑘|𝛿𝐿𝛿𝑙|{ {{ {𝛿𝑘=要素のバネ定数𝛿𝐿=要素の自然長𝛿𝑙=要素の長さ(10) (自然長とは伸び縮みしていないときの長さ。) |𝜎| が、要素上の全ての点で等しいことは次のように分かる:実際、適当な位置で要素を切断して、そのまま繋ぎ止めるには、どこで切断したとしても、 |𝜎| の力で引っ張る(または押す)必要がある。

次に、 |𝜎| を、要素の長さ 𝛿𝑙 に依存しない形にしたい。そのために、バネ定数 𝛿𝑘 は、要素の自然長 𝛿𝐿 に反比例することに注目する: 𝛿𝑘=𝐸1𝛿𝐿(11) 例えば、2つのバネをつないで長さを2倍にすると、同じ力で引っ張った時に2倍伸びるので、バネ定数は 12 になる。反比例定数 𝐸(>0) を、弦の(線)ヤング率という。硬い弦であれば 𝐸 は大きくなり、柔らかい弦であれば小さくなる。

ヤング率 𝐸 を使うと、式(10)は |𝜎|=𝛿𝑘|𝛿𝑙𝛿𝐿|=𝐸|𝛼1|𝛼𝛿𝑙𝛿𝐿(12) 𝛼 は、自然長からの弦の体積倍率である(弦の長さが自然長の 𝛼 倍になる)(この式を、ヤング率 𝐸 の定義とするのが一般的。)

以上で |𝜎| が分かったので、後は、 𝜎 の符号が分かればよい。伸びている時に 𝜎>0 となり、縮んでいる時に 𝜎<0 となればよいので、以下を得る: 𝜎=𝐸(𝛼1)(13) これが、弦の構成方程式である。弦の伸びを表す 𝛼 と、弦の物性を表すヤング率 𝐸 に、うまく分離されている。

1.2.31次元弾性体の運動方程式:式(14)

後は、運動方程式(9)に構成方程式(13)を代入すればよい: 𝜌¨𝒙=˜𝒇vol+1𝑔𝜕𝜕𝑥[𝐸(𝛼1)̂𝜕𝒙𝜕𝑥](14) ヤング率 𝐸 は時間に依存しない(ただし、温度が時間変化するなどの理由で物性が変化する場合を除く)

1.2.4【例】張った弦の運動方程式:式(16)

このままだと一般的すぎるので、例として、ぴんと張った弦の振動を考えよう。外力として重力が働いているとする。釣り合いの状態で、ラベル 𝑥 を弦の弧長になるように定義する(例えば弦が 𝑥 軸と平行となるようにおいて、 𝑥 として 𝑥 軸の目盛りをそのまま使う)。弦のヤング率 𝐸 は、時間にも位置にもよらない定数である: 𝐸=const.

この設定の下で、式(14)の各項についてみていこう。まず、左辺の線密度 𝜌 は、釣り合い状態での線密度 𝜌 (=const.) を用いて 𝜌=1𝑔𝜌 となる。次に、式(14)右辺の第1項の体積力密度 ˜𝒇vol は、重力を考えているので、 𝒈 を重力加速度として ˜𝒇vol=𝜌𝒈 同第2項については、まず、 𝐸 は定数である。弦の体積体積 𝛼 は、釣り合い状態での弦の体積倍率 𝛼 (=const.) を用いて以下のようになる: 𝛼=𝑔𝛼=𝜕𝒙𝜕𝑥𝛼

これらを式(14)に代入すると、以下のようになる: 𝜌𝑔¨𝒙=𝜌𝑔𝒈+1𝑔𝜕𝜕𝑥[𝐸(𝑔𝛼1)̂𝜕𝒙𝜕𝑥](15) 微分を実行すると、 𝐸,𝛼 が定数であることを用いて、目的の式が得られる(以下の【1.2-注1】の式(16))

式(16)を見ると、境界力(右辺第2項)は釣り合い状態での体積倍率 𝛼 に比例するので、より強く張った弦(=より伸ばした弦)には、(同じ変形に対して)より大きな加速度が発生する。よって、十分軽く十分伸ばした弦であれば、重力の影響は無視できるようになる。また、伸びていない点𝛼=1では、境界力は垂直方向成分を持たなくなることが分かる。

【1.2-注1】重力中に張った弦の運動方程式

重力のある3次元空間中に張った弦の運動 𝒙𝑡,𝑥 について、運動方程式は以下のようになる:

𝜌¨𝒙=𝜌𝒈+𝐸𝛼(1𝑃𝛼)𝜕2𝒙𝜕𝑥2𝜌:釣り合い状態での線質量密度(定数)𝐸:弦のヤング率(定数)𝛼:釣り合い状態での弦の体積倍率(定数)𝛼𝑡,𝑥:弦の体積倍率𝑃1̂𝜕𝒙𝜕𝑥̂𝜕𝒙𝜕𝑥T(弦と垂直な面への正射影行列)(16) ただし、弦上のラベル 𝑥 は、釣り合い状態において弦の弧長になっているとする。

導出

式(15)の微分を実行すればよい。