連続体の加速度は、微小要素の運動方程式()から決まる
3次元空間中に置かれた弦の運動が知りたい。(両端が固定されて無くてもよいし、ゴム紐のようなものでもよい。)力学編では、剛体という「変形が無視できる物体」を考えたが、ここからはその条件を緩めて、変形する物体を扱う。変形するので、剛体の場合に成り立っていた「剛体の位置と向きだけで状態が決まる」という性質が使えなくなる。「弦の運動を知る」ことの意味するところは、「弦の各点にラベル
を割り当てた時、全てのラベル
に対して、点の空間位置
の時間変化
を知る」ということである。ただし、ラベル
は、弦の上に定義した座標系であり、弦の変形と連動する。例えば、最初に
の点に(色を付けるなどして)目印をつけておくと、変形した後であっても、目印の点のラベルは常に
のままである。
力学編で見たように、質点や剛体の運動を支配するのはニュートンの運動方程式(力学編第2章)である。弦の場合であっても、ニュートンの運動方程式と矛盾するような運動は起こりえない。ニュートンの運動方程式に従うと、弦上の長さ
の微小線要素(
要素と呼ぶことにする)を仮想的に取ることにより、
要素の加速度
が、
要素にかかる力
から決まる:
は、
要素の質量である。両辺を近似で結んでいるのは、
を
要素上のどこにとるかに任意性があるのと、
要素自体が変形するためである。
を小さくしていった極限
で、式()は厳密な等式になる。もちろん、どのような極限の取り方をしても、同じ
にならなければならない。
以上により、ニュートンの運動方程式()を求め、
の極限を取ることにより、弦上の各点における加速度
が求まる。加速度が与えられれば、質点や剛体の場合と同様に、初期位置
および初期速度
の分布を与えることによって、その後の運動
が確定することになる。
もちろん、式()を特定するには、弦の物性パラメータ(=伸びやすさなどの物質の性質を表すパラメータ)を与える必要がある。ここでは、弦に働く張力は、伸びに比例する(=フックの法則が成り立つ)ようなものを考える。このように、変形と張力が1次関数の関係で表されるものを弾性体という。より一般的に、固体・液体・気体などの総称を連続体という。式()のように「微小要素に対する運動方程式から加速度を求める」という考え方は、一般の連続体に対して使えるはずである。まずは、一般的に考えることから始めよう。
1.11次元連続体の運動方程式
この節では、弦に限定せず、一般の1次元連続体(3次元空間中)を考える。
考えるべきことは、冒頭で述べた様に、ニュートンの運動方程式()から、微小線要素の
依存性を取り除くことである。そのためには、
の1次近似を考えて、式()から
を括り出せばよい。この節では、式()の各項から
を括り出すことにより、1次元連続体の運動方程式()を導く。
以降では、張力の代わりに、応力と呼ぶことにする。張力は、ひもや弦の場合に使用する用語だが、応力は、2次元や3次元の連続体の場合にも使う一般的な用語である。変形に応じて働く力ということである。
微小線要素の質量 :式()
まず、
からについて考える。
から
を括り出すと
となる。ただし、
は、弦上の位置
における線密度(=単位長さあたりの質量)である。
は、
の関数である:
。
微小線要素に働く体積力:式()
次に、微小要素に働く力
である。
は、2つに分けられる:
は、体積力、即ち、重力のように
要素全体にかかる力(体積力という)である。
は、境界力、即ち、
要素の境界を通じて隣の要素から受ける応力の和(境界力という)である。(境界力という用語は一般的ではない。面積力と呼ぶのが一般的だが、これは境界が面になる3次元連続体の場合しか使えない。)
体積力
は、重力の場合
である。このように、自然に
が括り出せる。重力に限らず、体積力
から
を括り出したものを、
と書くことにする(単位長さあたりに働く体積力):
微小線要素に働く面積力:式()
さて、問題は、境界力
である。
要素の両端に働く応力(張力)をそれぞれ
とおくと、
はそれらの和である:
(
は時刻にも依存するが省略している。)連続体上の任意の点
に働く応力
が分かれば、
が確定する。
しかし、このように単純に
と表記したままにするのはまずい。というのも、1点
には、両側から応力がかかるので、
を決めただけでは、どちらを取るべきか決まらないからである。これらを、ベクトル
によって区別することにする:
。連続体に接する単位ベクトルであり、
の始点側が終点側から受ける応力が
(
は線要素の外側を向く)となるように定義する。要するに、
が
要素の外側を向く時に、
要素が受ける応力が
となる。
作用・反作用の法則により、
の向きを反転させると、応力は、大きさはそのままで向きが反転する:
これを使って、応力から向きを分離することができる:
を、応力テンソルという(以下の【1.1-注1】参照)。
は行列ではなく1成分量である(
と
は平行)。
応力テンソルの式()を式()に代入すれば
を括り出せるだろうか。そのためには、境界点での
を与える必要がある。
は、
要素の外側を向くので、以下のようになる:
の場合の場合
(偏微分で書いているのは
が
にも依存するからである。)この
を使うと、式()から
を括り出せる:
後は、
を
で表せばよい。
は、
の大きさなので:
(この計算は力学編14.1節の議論と同じであり、
は計量である。)
ととることにすると
となる。よって最終的に、式()は以下のようになる:
【1.1-注1】テンソル
テンソルとは、(幾何学的な)1次関数の係数のことである。例えば、
であれば、
がテンソルである。
(特に厳密な定義があるわけではないが)幾何学的な関数
とは、変数
および値
が幾何学的な量であるような関数である。幾何学的な量とは、座標や基底の取り方によらずに定義可能な量である。例えば、位置ベクトル
、は
軸をどう取るかで成分は変化するが、それが示すものは座標によらないので幾何学的である。
例
具体的な例を示す。
- 応力テンソル
は、方向ベクトル
から、応力
を与えるテンソルである:
(1次元連続体の場合、
は1成分量なのでテンソルというほどでもないが、次章以降で扱う2次元や3次元の連続体の場合、
は行列になる。)
- 力学編第11章で述べた慣性モーメント
は、角速度ベクトル
から、角運動量
を与えるテンソルである:
- 力学編第14章で述べた計量
は、2つのベクトル
から、その内積
を与えるテンソルである:
- 幾何学的な関数
の1次近似
において、
はテンソルである。
1次元連続体の運動方程式(コーシーの運動方程式):式()
以上を微小要素の運動方程式に代入した後、辺々
で割って
とすると、
によらない方程式が得られる。すると、3次元空間中の1次元連続体の運動方程式は、以下のようになる:
これを、コーシーの運動方程式という。全ての量は、
の関数である。
コーシーの運動方程式により、加速度
が決まるので、力学編の場合と同様に、初期値
から、その後の
が一意的に決まることになる。実際、時刻を
だけ進める漸化式は以下のようになる:
これを用いて、全ての
に対して一斉に、
ずつ時刻を進めていけば、1次元連続体の運動が求まる。ただし、
についても離散化しておき、
を十分小さくとっておく。
1.21次元弾性体(弦)の運動方程式
この章の冒頭で述べた様に、考えているのは、弾性体とみなせる弦の運動である。この節では、弾性体でできた弦の応力テンソル
を与える構成方程式()を導き、弦の運動方程式()を得る。
連続体の性質は、応力テンソル に含まれる
コーシーの運動方程式()を確定させるには、応力テンソル
が分かっていなければならない。
は、物性や変形などに依存する何らかのパラメータ
の関数となるはずである。
から
を与えるそのような方程式
を、構成方程式という。連続体の性質の違いは、全てこの構成方程式に反映され、式()自体は物質によらず共通となる。
構成方程式:式()
弾性体の場合、応力の大きさ
は、伸び幅や縮み幅に比例する。釣り合いの状態にある微小線要素上において、応力テンソル
の大きさ
は要素上の全ての点で等しく、以下のようになる:
要素のバネ定数要素の自然長要素の長さ
(自然長とは伸び縮みしていないときの長さ。)
が、要素上の全ての点で等しいことは次のように分かる:実際、適当な位置で要素を切断して、そのまま繋ぎ止めるには、どこで切断したとしても、
の力で引っ張る(または押す)必要がある。
次に、
を、要素の長さ
に依存しない形にしたい。そのために、バネ定数
は、要素の自然長
に反比例することに注目する:
例えば、2つのバネをつないで長さを2倍にすると、同じ力で引っ張った時に2倍伸びるので、バネ定数は
になる。反比例定数
を、弦の(線)ヤング率という。硬い弦であれば
は大きくなり、柔らかい弦であれば小さくなる。
ヤング率
を使うと、式()は
は、自然長からの弦の体積倍率である(弦の長さが自然長の
倍になる)。(この式を、ヤング率
の定義とするのが一般的。)
以上で
が分かったので、後は、
の符号が分かればよい。伸びている時に
となり、縮んでいる時に
となればよいので、以下を得る:
これが、弦の構成方程式である。弦の伸びを表す
と、弦の物性を表すヤング率
に、うまく分離されている。
1次元弾性体の運動方程式:式()
後は、運動方程式()に構成方程式()を代入すればよい:
ヤング率
は時間に依存しない(ただし、温度が時間変化するなどの理由で物性が変化する場合を除く)。
【例】張った弦の運動方程式:式()
このままだと一般的すぎるので、例として、ぴんと張った弦の振動を考えよう。外力として重力が働いているとする。釣り合いの状態で、ラベル
を弦の弧長になるように定義する(例えば弦が
軸と平行となるようにおいて、
として
軸の目盛りをそのまま使う)。弦のヤング率
は、時間にも位置にもよらない定数である:
。
この設定の下で、式()の各項についてみていこう。まず、左辺の線密度
は、釣り合い状態での線密度
を用いて
となる。次に、式()右辺の第1項の体積力密度
は、重力を考えているので、
を重力加速度として
同第2項については、まず、
は定数である。弦の体積体積
は、釣り合い状態での弦の体積倍率
を用いて以下のようになる:
これらを式()に代入すると、以下のようになる:
微分を実行すると、
が定数であることを用いて、目的の式が得られる(以下の【1.2-注1】の式())。
式()を見ると、境界力(右辺第2項)は釣り合い状態での体積倍率
に比例するので、より強く張った弦(=より伸ばした弦)には、(同じ変形に対して)より大きな加速度が発生する。よって、十分軽く十分伸ばした弦であれば、重力の影響は無視できるようになる。また、伸びていない点(
)では、境界力は垂直方向成分を持たなくなることが分かる。
【1.2-注1】重力中に張った弦の運動方程式
重力のある3次元空間中に張った弦の運動
について、運動方程式は以下のようになる:
:釣り合い状態での線質量密度(定数):弦のヤング率(定数):釣り合い状態での弦の体積倍率(定数):弦の体積倍率(弦と垂直な面への正射影行列)
ただし、弦上のラベル
は、釣り合い状態において弦の弧長になっているとする。
導出
式()の微分を実行すればよい。