相平衡での平衡条件が知りたい。
エントロピーの極値問題の形で、平衡条件を書き下せるはず
内部を真空にした断熱容器の中に水を入れて放置する。すると、水の一部は蒸発し、やがて水と水蒸気の割合が変化しない平衡状態になる。この状態を求めたい。(平衡状態が求められれば、例えば、水と水蒸気の割合が分かる。)
平衡状態は 𝑈total ,𝑉total ,𝑁total から決まる
平衡状態を確定させるために必要なのは、2.3節で述べたように、容器全体のエネルギー
𝑈total
・体積
𝑉total
・粒子数
𝑁total
である。これらが与えられたときに、水と水蒸気の
𝑈,𝑉,𝑁
をそれぞれ求める方法が分かれば、水と水蒸気の状態がそれぞれ確定することになる。
解くべき極値問題
前章の場合と同様に、平衡状態では、全エントロピー
𝑆total≡𝑆liq+𝑆gas(1)
添え字の
liq
は液体(liquid)、
gas
は気体を表す。が極大になる。断熱容器内に水を入れることを考えると、制約条件は、各相のエネルギー
𝑈
・体積
𝑉
・粒子数
𝑁
の和がそれぞれ一定:
𝑈liq+𝑈gas=const.𝑉liq+𝑉gas=const.𝑁liq+𝑁gas=const.⎫{
{⎬{
{⎭(2)
となる。従って、平衡状態は、制約条件(2)の下での全エントロピー(1)の極大点となる。未知数は式(2)の左辺の6つであり、これら全てを特定するのに必要な平衡条件は3つである(式(2)の3つと合わせて6つになり未知数の数と一致する)。よって、この極値問題を変形して、これまでの章のように「温度が等しい」とか「圧力が等しい」といった条件式を3つ導出できればよい。
エネルギーとエントロピーの原点に注意
ただし、そもそもの問題として、水と水蒸気のエントロピーやエネルギーをどのように測定するかを考える必要がある。例えばエネルギーには原点の取り方に任意性があるが、水にエネルギーを加えて水蒸気にすることができるので、水のエネルギー
𝑈liq
の原点を決めると、水蒸気のエネルギー
𝑈gas
は一意的に確定する。後述のように、エントロピーについても、等エントロピー操作で水を水蒸気に変換できるので、同様の状況となる。
平衡条件を書き下すことから始めよう
この章では、まず平衡条件を書き下し、その後エネルギーやエントロピーの測定法について述べる:7.1二相系の平衡条件7.2エントロピー関数の測定(1相系)7.3エントロピー関数の測定(多相系)
7.1二相系の平衡条件
この節では、水と水蒸気が共存する場合の平衡条件が、式(7)となることを示す。相物質は、圧力や温度により、固体・液体・気体に変化する。これらの状態を総称して相という(それぞれ固相・液相・気相ともいう)。2つの相が共存している系を、二相系という。
7.1.1二相平衡の平衡条件:式(7)
冒頭で述べたように、平衡状態では、制約条件(2)の下での全エントロピー(1)が極大となる。この極値問題を解くには、まず各式の微分を考えればよい。
極値問題の微分
極値では、式(1)の極値条件
𝛿𝑆total≐0
:
𝛿𝑆liq+𝛿𝑆gas≐0(3)
が、制約条件(2):
𝛿𝑈liq+𝛿𝑈gas≐0𝛿𝑉liq+𝛿𝑉gas≐0𝛿𝑁liq+𝛿𝑁gas≐0⎫{
{⎬{
{⎭(4)
を満たす任意の微小変位のもとで成り立つ。これを変形していく。
𝛿𝑆 を 𝛿𝑈,𝛿𝑉,𝛿𝑁 で表す:式(5)
この極値条件を解くには、式(3)の
𝛿𝑆𝑝
(
𝑝=liq,gas
)を、
𝛿𝑈𝑝,𝛿𝑉𝑝,𝛿𝑁𝑝
で表したうえで、式(4)を連立すればよい。そのためには、エントロピー関数
𝑆𝑝𝑈𝑝𝑉𝑝𝑁𝑝
の微分を求めておく必要があるが、これは単純な計算から求まる:(導出は以下の【7.1-注1】)
𝛿𝑆𝑈𝑉𝑁≐1𝑇𝛿𝑈+𝑃𝑇𝛿𝑉−𝜇𝑇𝛿𝑁(5)
全ての変数には相を区別する添え字
𝑝
を付けるべきだが、見づらくなるので省略している。
極値条件(3)を解く → 平衡条件(7)
この式(5)を極値条件(3)に代入し、制約条件(4)を使って
gas
相に関する微小変位を消去すると、以下のようになる:
𝛿𝑆liq+𝛿𝑆gas≐[1𝑇]liqgas𝛿𝑈liq+[𝑃𝑇]liqgas𝛿𝑉liq−[𝜇𝑇]liqgas𝛿𝑁liq≐0(6)
記法
[𝑋]liqgas≡𝑋liq−𝑋gas
微小変位
𝛿𝑈liq,𝛿𝑉liq,𝛿𝑁liq
は任意にとれるので、これらの係数は全てゼロである。即ち、温度
𝑇
・圧力
𝑃
・化学ポテンシャル
𝜇
がそれぞれ等しくなる:
𝑇liq=𝑇gas𝑃liq=𝑃gas𝜇liq=𝜇gas⎫{
{⎬{
{⎭(7)
前章でも
𝑇,𝜇
が至る所で等しくなった。この結果はそれと同じになっている(ただし
𝑃
については、前章では重力があったため、場所に依存していた)。冒頭でも述べた通り、未知数は各相の
𝑈,𝑉,𝑁
の6つであり、条件も平衡条件(7)および制約条件(2)の6つなので、足りている。よって、各相の
𝑇,𝑃,𝜇
の関数形が分かっていれば、式(7), (2)を連立して解くことで平衡状態が決定できる。
𝑇,𝑃,𝜇
は容器内の各点で定義できる量なので、エネルギー密度
𝑢
および粒子数密度
𝑛
の関数である。
参考化学ポテンシャルは物質の流れる方向を決める
まず、温度について考える。温度が異なる容器同士を熱的に接触させると、温度
𝑇
が高いほうから低いほうへエネルギー
𝑈
が移動する。これは、式(6)の右辺の第1項に対応する(左辺はゼロ以上なので温度が高いほうの容器がエネルギーを失う)。同様に圧力についても、右辺の第2項から分かるように、圧力
𝑃
が低いほうから高いほうへ体積
𝑉
が移る(温度は等しいとする)。化学ポテンシャルについても同様で、右辺の第3項から、化学ポテンシャル
𝜇
が大きいほうから小さい方へ物質が自発的に移動することが分かる。まとめると、
𝑇,𝑃,𝜇
は、それぞれに対応する量
𝑈,𝑉,𝑁
がどちらに変化するかを決める量である。圧力を「体積に対する変化圧」とみなすならば、化学ポテンシャルは「粒子数に対する変化圧」と見なせる。なお、「化学ポテンシャル」という名称は、力学におけるポテンシャル(位置エネルギー)になぞらえたものである。実際、重力下では物体が下に向かうように、物体は位置エネルギーが小さいほうへ自発的に移動しようとする。
【7.1-注1】エントロピー関数 𝑆𝑈𝑉𝑁 の微分
エントロピー関数
𝑆𝑈𝑉𝑁
の微分は以下のようになる:
𝛿𝑆𝑈𝑉𝑁≐1𝑇(𝛿𝑈+𝑃𝛿𝑉−𝜇𝛿𝑁)(8)
𝜇
は、前章で与えた化学ポテンシャルである:
𝜇=¯𝑈+𝑃¯𝑉−𝑇¯𝑆
また、
𝑆𝑈𝑉𝑁
は、エントロピー密度
𝑠𝑢𝑛
を用いて
𝑆𝑈𝑉𝑁≡𝑉𝑠𝑢𝑛(9)
のように定義されているとする。
導出
エントロピー関数
𝑆𝑈𝑉𝑁
の微分は形式的に
𝛿𝑆𝑈𝑉𝑁≐𝑆˙𝑈𝑉𝑁𝛿𝑈+𝑆𝑈˙𝑉𝑁𝛿𝑉+𝑆𝑈𝑉˙𝑁𝛿𝑁
と書ける。この各係数を求めればよい。
𝑁 以外の微分はすでに分かっている
𝑈,𝑉
での微分については、これまで(の
𝑁
に依存しない場合)と同じである:
𝛿𝑆𝑈𝑉𝑁≐1𝑇𝛿𝑈+𝑃𝑇𝛿𝑉+𝑆𝑈𝑉˙𝑁𝛿𝑁(10)
よって未知なのは、
𝑁
での微分
𝑆𝑈𝑉˙𝑁
だけである。
𝑁 での微分を求める
これを求めるには、
𝑆𝑈𝑉𝑁
の定義式(9)に立ち返ればよい。両辺を
𝑁
で微分すると
𝑆𝑈𝑉˙𝑁≡𝜕𝜕𝑁𝑉𝑠𝑢𝑛∣
∣
∣
∣
∣𝑁以外を定数とみなすと、微分の連鎖律が成り立つ:𝑑𝑠𝑛𝑑𝑁=𝑑𝑠𝑛𝑑𝑛𝑑𝑛𝑑𝑁これを偏微分表記に戻す。=𝑉𝜕𝑠𝑢𝑛𝜕𝑛𝜕𝑛𝜕𝑁∣
∣
∣
∣
∣𝜕𝑠𝑢𝑛𝜕𝑛=−𝜇𝑇∵前章の【6.1-注2】そのまま𝜕𝑛𝜕𝑁=𝜕𝜕𝑁𝑁𝑉=1𝑉=−𝜇𝑇
これを式(10)に代入すれば与式(8)を得る。
◼
7.1.2参考三相平衡の平衡条件:式(13)
参考までに、三相平衡の平衡条件も考えておこう。
極値問題を微分する
これは、氷・水・水蒸気が共存するような平衡状態である。平衡条件は、二相平衡の場合と同様に、制約条件の微分:
𝛿𝑈sol+𝛿𝑈liq+𝛿𝑈gas≐0𝛿𝑉sol+𝛿𝑉liq+𝛿𝑉gas≐0𝛿𝑁sol+𝛿𝑁liq+𝛿𝑁gas≐0⎫{
{⎬{
{⎭(11)
のもとで、エントロピーの和に対する極値条件:
𝛿𝑆sol+𝛿𝑆liq+𝛿𝑆gas≐0(12)
を考えればよい。添え字の
sol
は固体を表す(solid)。
平衡条件の形にする:式(13)
二相平衡の場合と同様に、式(11)を用いて、式(12)から
𝛿𝑈gas,𝛿𝑉gas,𝛿𝑁gas
を消去すると
𝛿𝑆sol+𝛿𝑆liq+𝛿𝑆gas≐[1𝑇]solgas𝛿𝑈sol+[𝑃𝑇]solgas𝛿𝑉sol−[𝜇𝑇]solgas𝛿𝑁sol≐+[1𝑇]liqgas𝛿𝑈liq+[𝑃𝑇]liqgas𝛿𝑉liq−[𝜇𝑇]liqgas𝛿𝑁liq≐0
を得る。微小変位は全て任意にとれるようになったので、その係数は全てゼロである。これは、以下と等価である:
𝑇sol=𝑇liq=𝑇gas𝑃sol=𝑃liq=𝑃gas𝜇sol=𝜇liq=𝜇gas⎫{
{⎬{
{⎭(13)
即ち、すべての相の間で、温度・圧力・化学ポテンシャルが一致するわけである。これにより、3相すべての
𝑈,𝑉,𝑁
が決定できる(未知数の数は9であり、式(11)の3つと式(13)の6つで足りている)。
三相平衡には自由度がない
なお、三相平衡の場合、温度と圧力は、制約条件の値によらずに一意的に決まる(以下の【7.1-注2】)。第1章でも述べたが、この点のことを、三重点という。一方、二相平衡の場合は、圧力を決めれば温度が一意的に決まる。従って、圧力を一定にしたまま二相平衡を保てば、容器の温度を一定に保つことができる。例えば、1気圧下での氷水の温度は、常に
0∘C
になる。
【7.1-注2】ギブスの相律
一相平衡では、温度
𝑇
と圧力
𝑃
は任意にとれる(=自由度は2)。二相平衡では、
𝑇
と
𝑃
の一方を決めると、他方も決まる(=自由度は1)。三相平衡では、
𝑇
と
𝑃
は一意的に決まる(=自由度は0)。これをギブスの相律という。ここでは述べないが、ギブズの相律は、多相系だけでなく、多成分が混合した系に拡張できる。
導出
一相平衡
温度
𝑇
と圧力
𝑃
は、局所的に定義できる量なので、エネルギー密度
𝑢
と粒子数密度
𝑛
の関数である。一相平衡では、
𝑢,𝑛
を任意に設定できるので、
𝑇,𝑃
についても独立である。
二相平衡
二相平衡の場合、両方の相の
𝑢,𝑛
、合わせて4つの変数があるが、平衡条件(7)により3つの条件が課されるので、自由度は1となる。よって、
𝑇,𝑃
の一方を決めると他方は自動的に決まる。
三相平衡
三相平衡の場合、変数は、3つの相の
𝑢,𝑛
、合わせて6つである。一方、制約条件は式(13)の6つであり、数が一致している。従って、解が1つに決まる。
7.2エントロピー関数の測定(1相系)
ここまでは理論的な話をしてきた。実際にこれをもとに実験結果を計算するには、エントロピーを測定から決めておく必要がある。この節では、その方法について述べる。
7.2.1エントロピー関数の決定に必要な量:式(20)
まず、一様な1相系のエントロピー関数
𝑆𝑈𝑉𝑁
を実験的にどのように決定するかを考える。
エントロピー関数を決めるには2つの関数(16)が分かればよい
まず、前節で見たように、
𝑆𝑈𝑉𝑁
はモルエントロピー
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を用いて
𝑆𝑈𝑉𝑁=𝑁¯𝑆¯𝑈¯𝑉(14)
と書ける。よって、モルエントロピー関数
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を決める方法を考えればよい。
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を定義する微分方程式は
𝛿¯𝑆≐1𝑇(𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉)(15)
である。よって、右辺に現れる
𝑇¯𝑈¯𝑉,𝑃¯𝑈¯𝑉(16)
の関数形を求めれば、式(15)が積分出来て、
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
が決まることになる。
測定しやすい量に変換する
モルエネルギー
¯𝑈
は直接測定できる量ではないので、
𝑇¯𝑈¯𝑉,𝑃¯𝑈¯𝑉
を直接決めるのは難しい。代わりに、第2章で述べた
¯𝑈𝑇¯𝑉,𝑃𝑇¯𝑉(17)
の関数形を測定から決めるほうが容易である。第2章で述べたものをモル量にしている。
¯𝑈𝑇¯𝑉,𝑃𝑇¯𝑉
が分かれば、
𝑇¯𝑈¯𝑉,𝑃¯𝑈¯𝑉
も決めることができる。
𝑃𝑇¯𝑉
は状態方程式である。
¯𝑈𝑇¯𝑉
は、
𝑇,¯𝑉
で決まる平衡状態のモルエネルギーである。
モル熱容量と状態方程式を測定すれば十分
¯𝑈𝑇¯𝑉
の微分は、定義により
𝛿¯𝑈𝑇¯𝑉≐¯𝑈˙𝑇¯𝑉𝛿𝑇+¯𝑈𝑇˙¯𝑉𝛿¯𝑉(18)
なので、右辺の係数
¯𝑈˙𝑇¯𝑉
(モル熱容量、直感的には
1mol
の物質の温度を
1K
上げるのに必要なエネルギー)と
¯𝑈𝑇˙¯𝑉
を求めればよい。しかし、4.3節で述べたように、熱力学的状態方程式(をモル量で表したもの):
𝑇=¯𝑈𝑇˙¯𝑉+𝑃𝑇¯𝑉𝑃˙𝑇¯𝑉(19)
によって、
¯𝑈𝑇˙¯𝑉
は状態方程式から決まる。従って、モル熱容量と状態方程式:
¯𝑈˙𝑇¯𝑉,𝑃𝑇¯𝑉(20)
を測定すれば十分である。
7.2.21相系のエントロピー関数 𝑆𝑈𝑉𝑁 を決める方法まとめ
以上をまとめると、エントロピー関数
𝑆𝑈𝑉𝑁
を測定から決定する方法は、以下のようになる:
状態方程式
𝑃𝑇¯𝑉
を決定する
状態方程式
𝑃𝑇¯𝑉
の関数形を、実験によって決める。
モルエネルギー関数
¯𝑈𝑇¯𝑉
を決定する
まず、モル熱容量
¯𝑈˙𝑇¯𝑉
の関数形を、実験によって決める。測定で決めるべき量はここまでであり、後は計算である。これと、熱力学的状態方程式(19)から求めた
¯𝑈𝑇˙¯𝑉
を使って、モルエネルギー関数を定義する微分方程式(18)の右辺が確定する。この微分方程式を解いてエネルギー関数
¯𝑈𝑇¯𝑉
を決める。原点の自由度(=定数を足す自由度)があるが、任意の値を与えればよい。
モルエントロピー関数
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を決定する
¯𝑈𝑇¯𝑉,𝑃𝑇¯𝑉
から
𝑇¯𝑈¯𝑉,𝑃¯𝑈¯𝑉
を計算してやると、モルエントロピーの微分(15):(再掲)
𝛿¯𝑆≐1𝑇(𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉)
の右辺が確定する。この微分方程式を解いてモルエントロピー関数
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
の決定する。原点の自由度があるが、任意の値を与えればよい。
エントロピー関数
𝑆𝑈𝑉𝑁
を決定する
エントロピー関数
𝑆𝑈𝑉𝑁
は、式(14):(再掲)
𝑆𝑈𝑉𝑁=𝑁¯𝑆¯𝑈¯𝑉
によって決まる。
7.3エントロピー関数の測定(多相系)
次に、多相系のエントロピー関数を考える。前節でみたモルエネルギーおよびモルエントロピーの原点の自由度は、どれか1つの相
𝑝
では任意値のままだが、ほかの相
𝑝′
では自動的に決まることを述べる。見やすさのため、
𝑝,𝑝′
を
liq,gas
で代表して話を進めるが、この節の内容は実際には、相に依らずに成り立つ。
7.3.1エントロピー関数の決定に必要なもの
液相と気相の混合系では、全体のエントロピー
𝑆
は、各相のエントロピー、それぞれ
𝑆liq+𝑆gas
の和である:
𝑆=𝑆liq+𝑆gas
よって、各相のエントロピー関数
𝑆𝑝𝑈𝑉𝑁
を求めればよい(
𝑝=gas,liq
)。
1相系にあった自由度を減らすための測定が必要
各相のエントロピー関数
𝑆𝑝𝑈𝑉𝑁
は、前節の方法によって決めることができる。ただし、そこでも述べたように、2つの自由度がある:
モルエネルギー¯𝑈𝑝の原点の自由度モルエントロピー¯𝑆𝑝の原点の自由度
この自由度は相ごとに存在する。複数の相を考える場合、異なった相同士は移行することができるので、この自由度はいくつか固定されるはずである。よって、多相系のエントロピー関数を確定させるためには、
¯𝑈𝑝,¯𝑆𝑝
の定数部分を測定から決める必要がある。もちろん、多相系になったからと言って、全ての自由度がなくなるわけではないだろう。考えるべきは、「自由度をどれだけ減らせるか」また「どのような量を測定すればよいのか」である。
7.3.2モルエネルギー ¯𝑈𝑝 の原点を決める:式(21)
まず、モルエネルギー
¯𝑈𝑝
についてである。
エネルギー保存則から原点が決まりそう
基本的には、液相にある状態から熱を加えて気相に変化させ、その時のエネルギー保存則が成り立つように、
¯𝑈𝑝
の原点を決めればよい。とはいえ、測定の任意性がありすぎる。どのような測定を行うのが自然だろうか。
共存点で測定するのが良い
7.1節で見たように、複数の相が共存する時、全ての相で温度
𝑇
と圧力
𝑃
が一致する。このように複数の相が共存できる
𝑇,𝑃
を共存点という。
𝑇,𝑃
を保ったまま、エネルギーを変化させて、相を変化させるのが自然である。実際、ギブスの相律があるので、
𝑃
を一定に保っておけば、変化の過程で常に
𝑇
も一定に保たれるので扱いやすい(平衡状態を保っておけば)。例えば、一定の気圧下の氷水は、氷が解けきるまで温度が一定になる。
𝑃
を一定に保つには、模式的には、鉛直ピストンの上に重りを置いた状態を考えればよい。この状態で、エネルギーを与えていけば、
𝑇,𝑃
を保ったまま容易に相転移させることができる。相転移ある相が別の相へ変化することを、相転移という。
転移モルエンタルピーを使って自由度を減らせる
このようにして測定したモルエネルギー、即ち、「
𝑇,𝑃
を保ったままで、
1mol
の物質を相転移させるのに必要なエネルギー」を転移モルエンタルピーといい
𝛥¯𝐻𝑇𝑃
で表す。相
liq
から相
gas
への相転移であることを明示する場合、
𝛥
は
𝛥gasliq
と表す。エンタルピー等圧下で与えた/奪ったエネルギーのことをエンタルピーという。(正確には、エンタルピー変化と呼ぶべきであるが、エネルギーと同様に、「変化量」と「系が持っている状態量」の両方を同じ名称で呼ぶことが多い。)特に、化学反応を扱う場合、等圧下(特に大気圧下)での反応を扱うことが多いので、エネルギーよりもエンタルピーのほうが主役になる。なお一応注意しておくと、エンタルピーenthalpyであってエントロピーentropyではない。後は、
𝛥gasliq¯𝐻𝑇𝑃
と、内部エネルギー
¯𝑈liq,¯𝑈gas
の関係式が分かれば、それが内部エネルギーの自由度に対する条件となる。
転移モルエンタルピーとモルエネルギーの関係式:式(21)
というわけで、そのような関係式を求めよう。転移エンタルピーは物質に与えたエネルギーであるが、それが全て内部エネルギーになるわけではない。というのも、
𝑃
を保っているので、体積が変化して、系の外にエネルギーを渡すからである。この時、系の外に渡すエネルギーは、体積変化を
𝛥𝑉
とおくと
𝑝𝛥𝑉
である。よって、内部エネルギー変化
𝛥𝑈
とエンタルピー変化
𝛥𝐻
の関係式は
𝛥𝐻=𝛥𝑈+𝑃𝛥𝑉
となる。今考えている「相転移
liq→gas
における転移モルエンタルピーの関係式」も同様に
¯𝑈gas−¯𝑈liq=𝛥¯𝐻−𝑃𝛥¯𝑉(21)
となる(全ての量は共存点
𝑇,𝑃
における値、
𝛥
は
𝛥gasliq
の略記)。常に
𝑝
が定義出来ている必要があるので、平衡状態を保ち続ける必要がある。即ち、準静的に操作する。
モルエネルギーの自由度は1つだけになる
よって、ある1つの共存点
𝑇,𝑃
において、相転移時の転移モルエンタルピー
𝛥¯𝐻
およびモル体積変化
𝛥¯𝑉
を測定すれば、式(21)によって、2つの相のモルエネルギーの差が決まる。モルエネルギーには相ごとに原点の取り方に自由度があったわけだが、これによって、一方の相のモルエネルギーの原点を適当に決めると、もう一方の相については式(21)を満たすように固定される。3つの相
𝑝1,𝑝2,𝑝3
がある場合も同様で、1つの相
𝑝1
のモルエントロピー
¯𝑈𝑝1
の原点を決めると、他の2相のモルエントロピー
¯𝑈𝑝2,¯𝑈𝑝3
の原点は自動的に決まる。決めるためには、
𝑝1→𝑝2
および
𝑝1→𝑝3
における転移モルエントロピー(21)を1回ずつ測定すればよい。
7.3.3モルエントロピー ¯𝑆𝑝 の原点を決める:式(22)
エネルギーの原点が共通化できたので、次はエントロピーの原点についてである。
エントロピーの原点も共通化できる
エントロピーは可逆操作で変化しないので、可逆操作で相転移させれば、2つの相でエントロピーが等しくなる。例えば、水の入った断熱容器を準静的に膨張させて全て水蒸気にする操作では、エントロピーは保存する。よって、エントロピーの原点は相ごとに勝手にはとれず、共通化する必要がある。
再び共存点を考える
原理的には、上記の可逆操作の方法でエントロピーの原点を共通化できるが、実験的に難しい。そこで、エネルギーの場合と同様に、共存点
𝑇,𝑃
における転移モルエントロピーを考えることにしよう。モルエントロピーの微分は
𝛿¯𝑆≐1𝑇(𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉)
となるのであった。今
𝑇,𝑃
は固定しているので、右辺の係数は定数となっていて積分しやすい。
転移エンタルピー 𝛥¯𝐻 からエントロピーの原点を共通化できる
実際、
𝑇,𝑃
が変化しないように準静的にエネルギーを与えて全ての液相を気相に相転移させた時、転移モルエントロピー
𝛥¯𝑆
は、単純に
𝛥¯𝑆=1𝑇(𝛥¯𝑈+𝑃𝛥¯𝑉)
となる。この式の
(⋯)
部分は、転移モルエンタルピー
𝛥¯𝐻
(式(21))そのものである。よって、モルエンタルピーの原点は
¯𝑆gas−¯𝑆liq=𝛥¯𝐻𝑇(22)
を満たすように決めればよい(全ての量は共存点
𝑇,𝑃
における値、
𝛥
は
𝛥gasliq
の略記)。
𝛥¯𝐻
は、(エネルギー原点を共通化するために)既に測定済みなので、新たな測定を行うことなく各相のエントロピー原点を共通化できる。
7.3.4多相系の ¯𝑈𝑝 と ¯𝑆𝑝 を決める方法まとめ
以上をまとめると、各相
𝑝
のモルエネルギー関数
¯𝑈𝑝
とモルエントロピー関数
¯𝑆𝑝
を測定から決定する方法は、以下のようになる:
¯𝑈𝑝
と
¯𝑆𝑝
を決定する(原点以外)
前節で述べた方法で、各相
𝑝
のモルエネルギー関数
¯𝑈𝑝𝑇¯𝑉
とモルエントロピー関数
¯𝑆𝑝¯𝑈¯𝑉
を測定から決定する。ただしこの段階では、これらの関数の原点の自由度が決め切れていない。
¯𝑈𝑝
と
¯𝑆𝑝
の原点を決定する
まず、2つの相
𝑝,𝑝′
の共存点
𝑇,𝑃
を1つ決める。圧力
𝑃
を保ったままで準静的にエネルギーを与えて/奪って行くことで相転移を起こし、その際の
転移モルエンタルピー𝛥𝑝′𝑝¯𝐻𝑇𝑃転移モル体積変化𝛥𝑝′𝑝¯𝑉𝑇𝑃
を測定する。これをもとに、
¯𝑈𝑝′,¯𝑆𝑝′
の原点は、式(21), (22)、それぞれ:
¯𝑈𝑝′=¯𝑈𝑝+𝛥¯𝐻−𝑃𝛥¯𝑉¯𝑆𝑝′=¯𝑆𝑝+𝛥¯𝐻𝑇
から決まる。原点を決めるだけなので、1つの共存点で測定を行えば十分である。
𝑛
個の相がある場合は、
𝑛−1
個の共存点で測定を行うことになる。なお、原点の自由度を全て固定することはできず、どれか1つの相については自由度が残る。
その後
¯𝑈𝑝,¯𝑆𝑝
が決まったので、化学ポテンシャル
𝜇𝑝
:
𝜇𝑝=¯𝑈𝑝+𝑃¯𝑉𝑝−𝑇¯𝑆𝑝
の関数形が確定する。よって、平衡条件(7)または(13)により、多相系の平衡状態を求めることができる。
7.3.5参考化学ポテンシャルを使ったエントロピーの関係式(22)の導出
2つの相が共存している平行状態では、化学ポテンシャル
𝜇𝑝
が等しくなるのであった:(式(7)より)
𝜇liq=𝜇gas(23)
化学ポテンシャルの定義は以下:(第6章の【6.1-注2】)
𝜇=¯𝑈+𝑃¯𝑉−𝑇¯𝑆(24)
であり、モルエントロピー
¯𝑆
を含んでいる。よって、式(23)は異なる相の
¯𝑆
の間の関係式になっている。これを使って
¯𝑆
の関係式(22)を導出することもできる。導出化学ポテンシャルの定義式(24)を平衡条件(23)に代入すると、
𝑇,𝑃
が共通であることに注意して
𝛥¯𝑈+𝑃𝛥¯𝑉−𝑇𝛥¯𝑆=0
となる(全ての量は共存点
𝑇,𝑃
における値、
𝛥
は
𝛥gasliq
の略記)。赤字部分は転移エンタルピー
𝛥¯𝐻
に等しいので、式(22)が得られる。
◼
導出の意義
ここでの導出は、式(22)のもとの導出よりは、より多くの仮定を使っている。実際、式(23)は、平衡状態でエントロピーが極大になることを用いて導出したが、この性質は5.2節で仮定したものである。そのため、式(23)から式(22)が導けることは、その仮定が整合していることの確認という位置づけともみなせる。