断熱仕切りの終状態は、仕切りの動きに依存する
前章の問題を変更し、仕切りを「熱を通さないもの」にした場合を考える。即ち、右図のように、仕切りを固定した状態で、それぞれの容器(部屋)の温度・体積を
未知数は、終状態における各部屋の温度・体積の4つである:
結論から言うと、実験により、終状態は一意的に決まらないことが知られている。特に、以下が成り立つ:
この章の目的は、この性質(
1つの断熱容器の場合に、変形速度によって終状態が異なるのだから、2つの容器をつなげた場合にも同様の結果になるはずである。上述の通りこの章では、プランクの原理(
3.1分子運動論によるプランクの原理の考察
仕切りの速度に終状態が依存することを理解するために、まず、断熱容器が1つだけの場合を考える。この容器は変形可能であるとし、変形は模式的にピストンで表すことにする(右図)。これを用いて、この節では、プランクの原理(
なお、第1章で述べた様に、系がマクロ同値性を持つと仮定している。そうでない場合にはプランクの原理は破れることがある。例えば、容器内に薄い仕切りを入れ、一方に硝酸アンモニウム、もう一方に水をおいておく。ピストンの変化によって仕切りが破れて両者が混ざると、吸熱反応が起きて温度が下がる。(この系がマクロ同値性を持たないことは、同じエネルギーに対して、仕切りが破れている場合とそうでない場合の2種類の平衡状態が存在することから分かる。)
温度が最も低くなるのは、準静的な場合
プランクの原理を、分子運動論的に考えてみる。変形サイクルで温度が下げられないことを言うには、エネルギーを下げられないことを言えばよい。
まず、ピストンを「非常にゆっくり」動かして体積を
式(
- ピストンを引く場合。素早く引くと、分子がついて来ず、圧力
が急速に下がる。例えば、極端な場合、分子の速度よりも早くピストンを動かすと、圧力はゼロとなり になる。このため、空振りするような形となり、準静的な場合ほどはエネルギーが下がらない。
- ピストンを押す場合。素早く押し込むほど、圧力
は大きくなる。気体に粘性がある場合、ピストンの周囲に気体が寄せ集まった状態になるため、 が大きくなる。また、粘性が無視できる場合であっても、流体力学編の第xx章で述べた様に、壁が受ける力は、分子と壁の相対速度の2乗に比例するので(衝突回数が相対速度に比例し、1度の衝突で与える運動量も相対速度に比例するため)、やはり は大きくなる。
準静的でないほうがエネルギーが上がるので、温度も上がることになる。よって、準静変形の場合に最も温度が低くなる。後は、準静的な変形サイクルを考えた時に、温度が元に戻ることを言えばよい。
準静変形において、容器の平衡状態は等エントロピー線上を移動する
準静的な場合、容器の状態は、式(
エントロピー
【3.1-注1】理想気体のエントロピー
理想気体のエネルギー関数
導出
まず、
積分因子の分だけ任意性がある。ここでは、次章で見るように、エントロピーが加法的になるようなものを採用している。また、原点の取り方に任意性がある。
準静的な変形サイクルでは、平衡状態が元に戻る
準静変形では、等エントロピー曲線上を動くのだから、準静変形サイクルでは等エントロピー曲線上を言って戻ってくるだけであり、体積
以上により、準静的な変形サイクルでは温度が元に戻り、準静的でない場合には温度が上がることが分かる。これが、分子運動論による直感的なプランクの原理の理解である。
3.2冒頭の問題
プランクの原理を考える過程で、エントロピーという概念が現れた。これを考えると、冒頭の問題の解が一意的に決まらないことを説明できる。
断熱容器のエントロピーは、減らすことができない
プランクの原理は、断熱的な変形サイクルに関して、温度が下げられないというものであった。この性質は、エントロピーを使って
なお、エントロピーは、断熱的かつ準静的な過程で変化しない量として定義したが、準静的な過程は可逆でもあるので、可逆であればエントロピーが等しいともいえる。要するに、エントロピーは可逆性の判定にも使えるわけである。熱力学では、熱接触や気体の自由膨張など、不可逆な性質を扱う。可逆性を表す量が存在すると言ことは自然ではある。だとすれば、可逆性の尺度であるエントロピーを基礎において熱力学を展開することができるのではないか。特に、平衡状態はエントロピーが最大の状態として決定できそうである。これが、次章からの主題となる。
エントロピー変化は、仕切りの速度に依存する→終状態は一意に決まらない
ようやく冒頭の問題に戻る。断熱壁で仕切られた容器は、2つの断熱容器が接触したものとみなせる。従って、それぞれの容器のエントロピーは増えることはあっても、減ることはない。
ここで、両方の容器には、それぞれ平衡状態への緩和時間が異なる気体が入っているとする。容器1は素早く平衡状態になり、容器2は平衡状態に落ち着くまでにより時間がかかるとする。
さらに、仕切りは重く、ゆっくり動くとする。その場合、容器1は準静変形を受けているとみなせるので、エントロピーはほぼ保存する。(容器2のエントロピーは変化する。そうでないと、両方の容器のエントロピーが等しいという2つの条件が課されることになる。冒頭で述べた様に、足りない条件は1つだけなので、条件が多くなりすぎる。ただし、始状態=終状態のような場合は例外である。)
一方、仕切りが軽い場合、容器1についても等エントロピー線からずれてしまう。エントロピーが異なれば、平衡状態も異なるので、終状態は一意的には決まらず、仕切りが動く速さに依存することになる。