気体が入った容器を重力中に置く。この時の密度分布を求めたい。密度は一様ではなく、上に行くほど密度が小さくなる。要するに、これまで無視してきた重力の影響を取り入れたいわけである。(無視できたのは、温度が高く、容器が大きくない場合を想定していたからである。)なお、重力の影響を考えるのはこの章のみである。
重力がある場合の密度分布は、エントロピーの極値条件から決まる
「密度分布を持つ場合の平衡状態」の求め方を導きたい。
平衡条件は? → 条件(1)
まず、平衡状態を決める条件が必要である。これについては、答えは既に前章で述べている。即ち
平衡状態は、エントロピーの極大点である(1)
平衡状態は、それ以上変化が起きない状態なので、不可逆性(=エントロピー)が極大になっている状態ということである。よって、エントロピー関数を求めて、(適当な制約条件の下で)その極値問題を解けば良いということになる。
非一様な容器のエントロピーの定義は? → 微小体積を考えればよい
エントロピー関数を求める必要があるが、一様でない場合のエントロピーはどう定義すればよいかだろうか?これまで考えてきたエントロピーは、一様な容器についてのものだったので、考え直す必要がある。単純に考えれば、容器を仮想的に微小体積要素
𝛥𝑉𝑖
に分割すればよいだろう。各々の
𝛥𝑉𝑖
の中では一様とみなせるということである。微小体積といっても、分子が数個しかないという状況ではなく、平衡状態が定義できる程度にはマクロな体積を考えている。系全体のエントロピー
𝑆total
は、「
𝑖
番目の体積要素
𝛥𝑉𝑖
のエントロピー」
𝛥𝑆𝑖
の総和:
𝑆total=∑𝑖𝛥𝑆𝑖(2)
となりそうである。正当化しておこう。容器が平衡状態になっている時、非常に薄い断熱仕切りを挿入する操作は、可逆である(仕切りを取ると元の状態に戻る)。分子の分布が変化することもない。従って、仮想的に
𝛿𝑉𝑖
を切り取ったものと、断熱仕切りを入れて物理的に分離したものは等価である。後者の場合は、全体のエントロピーは部分系のエントロピーの和になることはこれまで述べた通りである(エントロピーの加法性)。従って、式(2)が成り立つと考えてよい。
エントロピー密度を積分すれば全体のエントロピーが得られる
直感的には、分割を細かくしていった極限で、エントロピー密度が定義できそうである。即ち、位置
𝒙
の関数であるエントロピー密度
𝑠𝒙
:
𝑠𝒙=lim𝛥𝑉→0𝛥𝑆𝛥𝑉
が定義できて、全体のエントロピーはその積分で書ける:
𝑆total=∫𝒙𝑠𝒙(3)
エントロピー密度が定義できることは自明ではない。本文中で実際に正当化する。これにより、エントロピー密度が与えられれば、全体のエントロピー
𝑆
が決まる。後は、
𝑆
が極大になるような分布を求めれば、それが平衡状態になっているわけである。
エントロピーの粒子数依存性を考慮する必要がある
この章では、まず、重力を考慮しない場合のエントロピー密度関数
𝑠
を決定する方法を述べた後、重力場ある場合のエントロピー密度関数
𝑠g
を導く。最後に、エントロピー(3)の極値問題を解くことで、冒頭の問題を解く。
6.1エントロピー密度関数 𝑠𝑢𝑛 の決定6.2重力下でのエントロピー密度関数 𝑠g𝑒𝑛𝑧 6.3重力下での気体の分布6.4理想気体の場合記号についてこれまで、エネルギーを
𝑈
で表していた。この章では、エネルギーとして重力ポテンシャルが加わる。その区別のため、重力ポテンシャルを含めたエネルギーを
𝐸
と書き、重力を除いた部分(=内部エネルギー)をこれまで通り
𝑈
と書くことにする。対応するエネルギー密度についても、それぞれ
𝑒,𝑢
のように区別する。また、重力を考慮した場合の関数については、
𝑠g
のように、上付き添え字
g
をつけて区別する。
6.1エントロピー密度関数 𝑠𝑢𝑛 の決定
この節では、エントロピー密度関数
𝑠
をどのように実験的に決めるかを考える。ここではまだ、重力は考慮せず、容器の内部は一様とする。粒子数の単位粒子数
𝑁
の単位は
mol
とする(モルと読む)。
1mol
はおよそ
6.02×1023
個の粒子を表す。水素原子
1mol
がおよそ
1g
になる。水分子であればおよそ
18g
である。
6.1.1エントロピー密度が存在する
まず、エントロピー密度
𝑠
が存在すること、即ち、
𝑆total=∫𝑠
となるような量
𝑠
が存在することを示しておく。
エントロピー密度が存在する条件
密度が定義出来るためには、まず、容器を仮想的に微小体積要素に分割したときに、各要素の寄与
𝛥𝑆𝑖
が定義できて、その和が全エントロピー
𝑆
となること:
𝑆total=∑𝑖𝛥𝑆𝑖(4)
が必要である。その上で、
𝛥𝑆𝑖
が、微小体積要素の体積
𝛥𝑉𝑖
で1次近似できること:
𝛥𝑆𝑖≐𝑠𝛥𝑉𝑖(5)
を言えばよい。この時の係数
𝑠
がエントロピー密度である。
式(4)が成り立つこと
まず、式(4)についてである。冒頭でも述べたが
容器に薄い仕切りを入れて分離する操作は、可逆である。(6)
この法則を認めることにする。そうすれば、仮想的な体積要素
𝛥𝑉𝑖
の境界に仕切りを入れて切り出しても、全体のエントロピー
𝑆
は変化しない。切り出された状態では、エントロピーの加法性により、
𝑆
は、
𝛥𝑉𝑖
ごとのエントロピー
𝛥𝑆𝑖
の和になる、即ち、式(4)が成り立つ。
𝛥𝑆 の粒子数依存性を決める
とはいえ、エントロピーには、原点をどこにとるかという自由度がある。
𝛥𝑆𝑖
ごとに勝手な原点をとると、式(4)が成り立たなくなる。要するに、式(4)が成り立つようにエントロピーの原点を上手く決めておく必要がある。これまでは、粒子数が一定の容器を考えていたが、今回は
𝛥𝑉𝑖
内の粒子数は様々な値を取り得る。そのため、
𝛥𝑆𝑖
を「粒子数
𝑁
に依存する部分」と「依存しない部分」に分離しておくと都合が良い。実際、
1mol
あたりのエントロピー
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を考えることで、粒子数
𝛥𝑁𝑖
を括りだすことができる:
𝛥𝑆𝑖=𝛥𝑁𝑖⋅¯𝑆¯𝑈¯𝑉(7)
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
をモルエントロピーという。粒子数には依存しない。以下の【6.1-注1】参照。実際には、この右辺には任意の定数
𝐶𝑖
を足す自由度がある。これは原点の取り方に対する任意性を表す部分であるが、
𝐶𝑖=0
とすべきである。一様な容器を考えてみればよい。その場合、
¯𝑆
は至る所同じ値なので、
𝐶𝑖=0
として式(7)を式(4)に代入すると、確かに成り立つことが分かる。
式(5)が成り立つこと
式(5)が成り立つことを示すには、式(7)から
𝛥𝑉𝑖
を括り出せばよい:
𝛥𝑆𝑖=𝛥𝑆𝑖𝛥𝑉𝑖⋅𝛥𝑉𝑖∣式(7)=𝛥𝑁𝑖𝛥𝑉𝑖¯𝑆¯𝑈¯𝑉⋅𝛥𝑉𝑖=𝑛¯𝑆¯𝑈¯𝑉⋅𝛥𝑉𝑖(8)
𝑛
は粒子数密度である。密度量は小文字で表すことにする。エントロピー密度を
𝑠
と表しているのもこのためである。この式(8)と式(5)を見比べると
𝑠≡𝑛¯𝑆¯𝑈¯𝑉(9)
となりそうである。実際、右辺は体積に依存していないので密度量としての資格がある。よって、エントロピー密度
𝑠
が存在し、式(9)で与えられる。モルエントロピー
¯𝑆
には定数を足す自由度(=原点をどこにとるかという自由度)がある。その自由度さえ決めてしまえば、エントロピー密度は、式(9)によって一意的に決まる。
【6.1-注1】モルエントロピー
粒子数
𝑁
を持つ一様な容器のエントロピー関数
𝑆(𝑁)𝑈𝑉
は、モルエントロピー関数
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を用いて、以下の形で書ける:
𝑆(𝑁)𝑈𝑉=𝑁¯𝑆¯𝑈¯𝑉+const.(10)
¯𝑈,¯𝑉
はそれぞれ
¯𝑈≡𝑈𝑁モルエネルギー¯𝑉≡𝑉𝑁モル体積
である。即ち、
1mol
あたりのエネルギーおよび体積である。「モル」という接頭語は、「
1mol
あたりの」という意味である。モル量については、変数の上に横線をつけて表すことにする。ただし、モルエントロピー
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
は、
1mol
の容器のエントロピー関数に対応し、以下の微分方程式の解である:
𝛿¯𝑆≐1𝑇(𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉)
導出
𝑆(𝑁)𝑈𝑉
を定義する微分方程式は
𝛿𝑆(𝑁)≐1𝑇(𝛿𝑈+𝑃𝛿𝑉)
である。右辺を、「粒子数
𝑁
に依存する部分」と「依存しない部分」に分離するために、右辺から
𝑁
を括り出すと以下のようになる:
𝛿𝑆(𝑁)≐𝑁𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉𝑇(11)
ここで、式(11)の分数部分は、
𝑁
に依存しないことに注意しよう。実際、
𝑇,𝑃
は局所的に定義される量なので、粒子数には依存しない。即ち、
𝑇,𝑃
は、
¯𝑈,¯𝑉
だけの関数である。よってこの分数部分は通常のエントロピーと同様に積分できるので、積分値を
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
と書くことにしよう:
𝛿¯𝑆¯𝑈¯𝑉≐𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉𝑇
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
がモルエントロピーである。モルエントロピーは、
𝑁
に依存せず、物質の種類のみで決まる量である(粒子数が
1mol
の容器のエントロピーに一致する)。よって、式(11)から、
𝑁
を分離することができた:
𝛿𝑆(𝑁)≐𝑁𝛿¯𝑆¯𝑈¯𝑉
これを積分したものが、式(10)である。
◼
6.1.2エントロピー密度の微分
平衡条件を求めるには、エントロピーの微分が必要である。従って、エントロピー密度
𝑠
の微分を求めておく必要がある。
エントロピー密度の引数
まず、エントロピー密度
𝑠
が「どのような変数を引数に持つか」を決める必要がある。
𝑠
の定義は、式(9):(再掲)
𝑠=𝑛¯𝑆¯𝑈¯𝑉(12)
なので、
𝑛,¯𝑈,¯𝑉
の関数であるが、微分する際には密度量を変化させることになるので、密度量を引数に持つようにしておきたい。これは簡単で、
¯𝑈,¯𝑉
が:
¯𝑈=𝑈𝑁=𝑈/𝑉𝑁/𝑉=𝑢𝑛¯𝑉=𝑉𝑁=1𝑛(13)
𝑢
はエネルギー密度、
𝑛
は粒子数密度である。密度量とモル量の関係一般に、モル量
¯𝑋
と密度量
𝑥
の間には
¯𝑋=𝑥𝑛,𝑥=¯𝑋¯𝑉
という関係式が成り立つ。(導出は、式(13)と同じである。)と表せることに着目すると、
¯𝑈,¯𝑉
は
𝑢,𝑛
の関数である。従って、エントロピー密度は
𝑢,𝑛
の関数である:
𝑠=𝑠𝑢𝑛
エントロピー密度の微分
エントロピー密度の微分は、式(12)の微分を愚直に計算することで求められる。その結果を以下の【6.1-注2】のまとめておく。
【6.1-注2】エントロピー密度 𝑠𝑢𝑛 の微分
エントロピー密度
𝑠𝑢𝑛
の微分は、以下のようになる:
𝛿𝑠𝑢𝑛≐1𝑇(𝛿𝑢−𝜇𝛿𝑛)𝜇≡¯𝑈+𝑃¯𝑉−𝑇¯𝑆(14)(15)
化学ポテンシャル
𝜇
を化学ポテンシャルという。これは、6.3節および次章以降で見るように、粒子数が変化する系での平衡状態を考える際の主役となる量である。マイナスを括り出して定義しているのは単に慣習である(次章参照)。
導出
エントロピー密度の定義式(12):(再掲)
𝑠𝑢𝑛=𝑛¯𝑆¯𝑈¯𝑉
の両辺を微分して、
𝛿𝑢,𝛿𝑛
を括り出せばよい:
𝛿𝑠𝑢𝑛≐𝛿(𝑛¯𝑆)≐(𝛿𝑛)¯𝑆+𝑛(𝛿¯𝑆)∣
∣
∣
∣
∣¯𝑆=𝑠𝑛𝛿¯𝑆=1𝑇(𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉)≐𝑠𝑛𝛿𝑛+𝑛1𝑇(𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉)∣
∣
∣
∣
∣𝛿¯𝑈=𝛿𝑢𝑛≐1𝑛𝛿𝑢−𝑢𝑛2𝛿𝑛𝛿¯𝑉=𝛿1𝑛≐−1𝑛2𝛿𝑛≐1𝑇(𝛿𝑢−𝑢+𝑃−𝑇𝑠𝑛𝛿𝑛)◼
6.2重力下でのエントロピー密度関数 𝑠g𝑒𝑛𝑧
もともと知りたかったのは、容器全体のエントロピー
𝑆
である。
𝑆
は、エントロピー密度
𝑠
を積分すれば得られる。ただし、今は重力がある場合を考えているので、エントロピー密度は高さ
𝑧
の関数となる:
𝑠g𝑒𝑛𝑧
。この節では、重力下でのエントロピー密度
𝑠g𝑒𝑛𝑧
:式(18)およびその微分(19)を求める。なお、エネルギー密度
𝑒
は、物質の内部エネルギー
𝑢
と重力ポテンシャル
𝜌𝑔𝑧
の和になる:
𝑒=𝑢+𝜌𝑔𝑧𝜌≡質量密度[kg/m3]𝑔≡重力加速度≃−9.8m/s2(16)
𝑒
として、重力ポテンシャルを除いて内部エネルギーだけで定義することもできる。そうせず上式のように定義しているのは、次節の式(27),(31)を綺麗にするためである。
6.2.1重力下でのエントロピー密度関数 𝑠g𝑒𝑛𝑧 :式(18)
エントロピーが高さ
𝑧
にどう依存するかを決めたい。
可逆操作を見つければよい
そのためには、可逆操作を見つければよい。前章までで見たように、エントロピーの定義は、「可逆操作で変化せず、かつ、加法性を持つような量」である。そこに立ち返って考え直すわけである。
重力下での可逆操作は操作(17)
高さ
𝑧
の変化を伴うような可逆操作として、以下が知られている:
容器をそのまま準静的に上下させる操作は、可逆である(17)
この時、位置以外のマクロな量(温度や圧力など)は変化しないことも知られている。これらは実験的に検証すべきことである。ここでは正しいと認めることにする。よって特に、エネルギー密度
𝑒
のうち、内部エネルギー部分
𝑢
はこの操作で変化しない。
エントロピー密度関数 𝑠g𝑒𝑛𝑧 が求まる:式(18)
よって、エントロピー密度
𝑠g
を
𝑢,𝑛
の関数とみなせば、
𝑧
には依存しない:
𝑠g𝑢𝑛
。この
𝑠g𝑢𝑛
は重力に依存しないのだから、前節で述べたエントロピー密度関数と同じものである。重力を考慮せずに得られたエントロピー密度関数を、区別しやすくするため添え字
0
をつけて、
𝑠0𝑢𝑛
と書くことにする。エントロピー密度関数
𝑠g𝑒𝑛𝑧
は、
𝑠0𝑢𝑛
に式(16)を代入して
𝑢
を消去したものになる:
𝑠g𝑒𝑛𝑧=𝑠0(𝑒−𝜌𝑔𝑧)𝑛(18)
以上により、重力を考慮しないエントロピー密度
𝑠0𝑢𝑛
さえ求めておけば、重力下でのエントロピー密度
𝑠g𝑒𝑛𝑧
も決まる。
6.2.2エントロピー密度関数 𝑠g𝑒𝑛𝑧 の微分:式(19)
エントロピー密度関数
𝑠g𝑒𝑛𝑧
の微分についても、式(18)の両辺を微分すれば求まる。実際に計算すると以下のようになる:
𝛿𝑠g𝑒𝑛𝑧≐1𝑇(𝛿𝑒−𝜇g𝛿𝑛−𝜌𝑔𝛿𝑧)𝜇g𝑒𝑛𝑧≡𝜇(𝑒−𝜌𝑔𝑧)𝑛+¯𝑚𝑔𝑧(19)(20)
𝜇𝑢𝑛
は
𝑠𝑢𝑛
から求めた化学ポテンシャル、
¯𝑚
はモル質量(=
1mol
あたりの質量)である。式(19)の導出式(18)の右辺の微分
𝛿𝑠𝑢𝑛
を計算すればよい。これは、式(14)と同じである:
𝛿𝑠𝑢𝑛≐1𝑇(𝛿𝑢−𝜇𝛿𝑛)
𝛿𝑢
を削除するために、式(16):
𝑒=𝑢+𝜌𝑔𝑧
を微分した
𝛿𝑒=𝛿𝑢+𝛿(𝜌𝑔𝑧)
を代入すると
𝛿𝑠g𝑢𝑛≐1𝑇[𝛿𝑒−𝛿(𝜌𝑔𝑧)−𝜇𝛿𝑛]
となる。後はこれに、
𝛿(𝜌𝑔𝑧)
を展開したもの:
𝛿(𝜌𝑔𝑧)≐(𝛿𝜌)𝑔𝑧+𝜌𝑔(𝛿𝑧)∣
∣
∣
∣¯𝑚 をモル質量とすると 𝜌=¯𝑚𝑛 なので、𝛿𝜌≐ˆ𝑚𝛿𝑛≐(ˆ𝑚𝛿𝑛)𝑔𝑧+𝜌𝑔𝛿𝑧
を代入すれば式(19)になる。
◼
6.3重力下での気体の分布
いよいよ、重力がある場合の平衡状態を決めるための議論に移る。この節では、重力下での平衡条件が式(31)となることを導く。
6.3.1重力下での平衡条件(23)
平衡状態を求めるには、容器のエントロピー
𝑆
を求め、
𝑆
が極大になるという条件(=平衡条件)を課せばよい。そこでここでは、平衡条件を書き下すことを考える。
容器のエントロピー 𝑆 は式(21)
重力下に置かれた容器は一様でない。この場合、容器の全エントロピー
𝑆
は、各点
𝒙
でのエントロピー密度
𝑠g𝒙
を容器の体積
𝑉
上で積分したものになる:
𝑆=∫𝒙∈𝑉𝑠g𝒙(21)
以下、赤字部分は固定なので省略する。また、ここでは簡単のため
𝑠𝒙
と表記しているが、詳しく言うと、前節のエントロピー密度関数
𝑠g𝑒𝑛𝑧
の引数
𝑒,𝑛,𝑧
が
𝒙
に依存していることを表している。エントロピー密度関数
𝑠g𝑒𝑛𝑧
自体は既知であるとする。ここで未知なのは、エネルギー密度および粒子数密度の空間分布、それぞれ
𝑒𝒙,𝑛𝒙
である。
平衡条件は式(23)
実現する平衡状態は、
𝑆
が極大となるような
𝑒𝒙,𝑛𝒙
によって決定される。ただし、
𝑒𝒙,𝑛𝒙
は任意の値をとれるわけではない。制約条件として、「全エネルギー
𝐸
および全粒子数
𝑁
が一定」という条件:
𝐸≡∫𝑒𝒙=const.𝑁≡∫𝑛𝒙=const.⎫{
{
{⎬{
{
{⎭(22)
を満たす必要がある。以上をまとめると、平衡状態は
制約条件(22)の下で 𝑆 を極大にするような 𝑒𝒙,𝑛𝒙(23)
によって決定される。
6.3.2平衡条件を変分方程式にする:式(31)
平衡条件(23)は極値問題の形をしているので、(通常の極値問題の解法にならって)微分方程式の形にすることを考える。
平衡条件(23)を微分形にする
エントロピー
𝑆
が極大になっているのであれば、
𝑒𝒙,𝑛𝒙
の空間分布関数を微小だけ変化:
𝑒𝒙→𝑒𝒙+𝛿𝑒𝒙𝑛𝒙→𝑛𝒙+𝛿𝑛𝒙}(24)
させても、
𝑆
の値は変化しないはずである。即ち、変化(24)でのエントロピー密度分布の変化を
𝑠g𝒙→𝑠g𝒙+𝛿𝑠g𝒙
とおくと、
𝑆
の変化
𝛿𝑆
はゼロである:
𝛿𝑆≡∫𝛿𝑠g𝒙≐0(25)
ただし、変化(24)は、制約条件(22)を満たす必要がある。即ち
𝛿𝐸≡∫𝛿𝑒𝒙=0𝛿𝑁≡∫𝛿𝑛𝒙=0⎫{
{
{⎬{
{
{⎭(26)
である。変分エントロピー
𝑆
は、
𝑒𝒙,𝑛𝒙
の関数であるが、
𝑒𝒙,𝑛𝒙
自体も
𝒙
の関数である。即ち、
𝑆
は「関数の関数」である(汎関数という)。式(25)の
𝛿𝑆
のように、「引数の関数形を微小変化させた時の汎関数の変化」のことを変分という(これは「微分」という用語の汎関数版である)。式(25)のように、極値問題を「変分=0」に帰着させて解く方法を変分法という。
最終的な変分方程式(27)
以上により、平衡条件は
式(26)⇒式(25)
となる。この式の
𝛿𝑠𝒙
の部分に式(19)を使って
𝛿𝑒𝒙,𝛿𝑛𝒙
で表してやると、最終的に以下のようになる:
∫𝛿𝑒𝒙=0∫𝛿𝑛𝒙=0⎫{
{
{⎬{
{
{⎭⇒∫1𝑇𝒙(𝛿𝑒𝒙−𝜇g𝒙𝛿𝑛𝒙)≐0(27)
なお、式(19)は
𝛿𝑧
の項を含んでいるが、
𝑧
は変分の対象ではないので
𝛿𝑧=0
としている。
𝑇,𝜇g
は、引数
𝑒,𝑛,𝑧
を通して
𝒙
の関数になっている。
6.3.3変分方程式(27)を解いて平衡条件を求める:式(31)
次に、変分方程式(27)を解く、即ち、
𝑒𝒙,𝑛𝒙
に対する方程式にすることを考える。
𝛿𝑒𝒙,𝛿𝑛𝒙 をうまく選ぶと変分方程式が解ける
そのためには、式が綺麗になるように
𝛿𝑒𝒙,𝛿𝑛𝒙
をうまく選んでやればよい。
𝛿𝑛𝒙=0
の場合 → 式(29)
まず、式(27)において
𝛿𝑛𝒙=0
とすると、式(27)は
∫𝛿𝑒𝒙=0⟹∫𝛿𝑒𝒙𝑇𝒙≐0(28)
となる。任意の
𝛿𝑒𝒙
に対してこれが成り立つには
𝑇𝒙=const.(29)
でなければならない。詳細式(29) ⇒ 式(28)は自明である。その逆、式(28) ⇒ 式(29)も直感的には成り立ちそうである。詳しくは以下の【6.3-注1】参照。
𝛿𝑒𝒙=0
の場合 → 式(30)
次に
𝛿𝑒𝒙=0
として、式(27)から
𝛿𝑒𝒙
を消去すると、左辺第1式がゼロになり
∫𝛿𝑛𝒙=0⟹∫𝜇g𝒙𝑇𝒙𝛿𝑛𝒙≐0
よって赤字部分が定数になる。式(29)より分母は定数なので、結局
𝜇g𝒙=const.(30)
となる。
平衡条件は式(31)
以上により、知りたかった平衡条件は
𝑇𝒙=const.𝜇g𝒙=const.}(31)
である。即ち、温度と化学ポテンシャルは、容器内の位置によらない。
【6.3-注1】式(28) ⇒ 式(29)の導出
式(28)から式(29)を導く過程について、詳細に述べておこう。変分での1次近似の形だと分かりづらいので、1変数の微分の形に帰着させることを考える。
都合の良い
𝛿𝑒𝒙
を選ぶ
式(28)の
𝛿𝑒𝒙
として、ある2つの体積要素
𝑉±
でのみ値
±𝛿𝜆
を持つものを考える:
𝛿𝑒𝒙=⎧{
{⎨{
{⎩+𝛿𝜆,𝒙∈𝑉+−𝛿𝜆,𝒙∈𝑉−0,その他
この
𝛿𝑒𝒙
は、式(28)の左式を満たすようにとっている。
𝑉±
の体積は等しいとする。
𝛿𝜆
は
𝒙
に依存しない定数である。
すると、条件式(28)が扱いやすくなる:式(32)
これを使うと式(28)の右式の積分は、
𝑉±
ごとに分離した形で書ける:
(∫𝑉+1𝑇𝒙−∫𝑉−1𝑇𝒙)𝛿𝜆≐0
これが
𝛿𝜆
の1次近似で成り立つので、
(⋯)=0
とならなければならない:
∫𝑉+1𝑇𝒙=∫𝑉−1𝑇𝒙(32)
𝑉±
を小さくしていくと式(29)が得られる
𝑉±
の体積は任意なので、非常に小さくしていくことを考える。すると、両辺の被積分関数は定数とみなせるようになるので、
𝑉±
上の代表点を
𝒙±
として
1𝑇𝒙+=1𝑇𝒙−
即ち、
𝑇𝒙±
が等しくなる。
𝑉±
の位置は任意なのだから結局、任意の
𝒙
に対して
𝑇𝒙
は等しい。よって式(29)が成り立つ。
◼
6.3.4参考静水圧平衡の式(35)
平衡条件(31)から圧力
𝑃
に対する微分方程式が得られる。
化学ポテンシャルを微分 → 静水圧平衡の式(35)
まず、平衡条件(31):(再掲)
𝑇𝒙=const.𝜇g𝒙=const.}(33)
の第2式に着目する。化学ポテンシャル
𝜇g𝒙
は、式(20)により
𝜇g𝒙=𝜇+¯𝑚𝑔𝑧=𝑢+𝑃−𝑇𝑠𝑛+¯𝑚𝑔𝑧(34)
となる。この式には圧力
𝑃
が含まれているので、高さ
𝑧
で微分すると、圧力
𝑃
のz依存性を表す微分方程式が得られるはずである。実際、計算すると以下のようになる:
𝑑𝑃𝑑𝑧=−𝜌𝑔(35)
これを静水圧平衡の式という。
𝑃
を密度
𝜌
の関数として書き下していれば、これを(
𝑇=const.
の下で)解くことで
𝜌
の分布が決まる。力学的な解釈式(35)は力学的にも自然な式である。このことを見るには、両辺に
𝛿𝑧
をかければ良い:
𝛿𝑃≐−(𝜌𝛿𝑧)𝑔
となる。
(⋯)
は厚さ
𝛿𝑧
の層の質量(単位面積当たり)である。即ち、上式は、
𝛿𝑧
だけ位置が変わると、この層に掛かる重力の分だけ圧力が変化することを示している。これは、力のつり合いを考えても自然である。静水圧平衡の式(35)の導出式(35)を導出するには、式(34)の両辺の微分を計算していけばよい:
𝛿𝜇g=𝛿(¯𝑈+𝑃¯𝑉−𝑇¯𝑆+¯𝑚𝑔𝑧)≐𝛿¯𝑈+𝛿𝑃⋅¯𝑉+𝑃⋅𝛿¯𝑉−𝑇𝛿¯𝑆+¯𝑚𝑔𝛿𝑧≐𝛿𝑃⋅¯𝑉+¯𝑚𝑔𝛿𝑧∴𝛿𝑃≐−¯𝑚¯𝑉𝑔𝛿𝑧=−𝑛¯𝑚𝑔𝛿𝑧
ここで、
𝑛¯𝑚
は、「単位体積当たりの粒子数」
𝑛
に「
1mol
あたりの質量」
¯𝑚
をかけたものなので
𝜌=𝑛¯𝑚
である。よって式(35)を得る。
◼
6.4理想気体の場合
この節では、実際に、重力下の理想気体の粒子数密度分布を計算する。エントロピー密度や化学ポテンシャルを測定と関連付ける感覚を養うため、ここでは愚直に計算する。(なお、静水圧平衡の式(35)に、
𝑇=const.
と理想気体の性質【6.4-注1】を使うと一瞬で導出できる。)
6.4.1計算手順
計算手順は以下のとおりである。
モルエントロピー
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を求める
モルエントロピー関数
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を、微分方程式
𝛿¯𝑆≐1𝑇(𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉)(36)
を解いて決める。モルエントロピーは
1mol
の容器のエントロピーに対応するので、微分方程式は、これまで見てきたエントロピーのものと同じ形になる。理想気体の「温度関数
𝑇¯𝑈¯𝑉
および状態方程式
𝑃¯𝑈¯𝑉
」を与えれば、この微分方程式は解ける。
化学ポテンシャル
𝜇g𝑒𝑛𝑧
を決める
モルエントロピー関数
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
から、化学ポテンシャル
𝜇𝑢𝑛
が式(15):(再掲)
𝜇𝑢𝑛=¯𝑈+𝑃¯𝑉−𝑇¯𝑆(37)
によって求まる。これを用いて、重力を考慮した場合の化学ポテンシャル
𝜇g𝑒𝑛𝑧
を式(20):(再掲)
𝜇g𝑒𝑛𝑧=𝜇(𝑒−𝜌𝑔𝑧)𝑛+¯𝑚𝑔𝑧(38)
から決める。
粒子数密度分布
𝑛𝑧
を求める
平衡条件(31):(再掲)
𝑇𝒙=const.𝜇g𝒙=const.}(39)
に化学ポテンシャル
𝜇g
を代入し、粒子密度分布
𝑛𝑧
を求める。
6.4.21. モルエントロピー ¯𝑆¯𝑈¯𝑉 を求める → 式(40)
上記の計算手順に沿って計算していく。ここでは、モルエントロピー関数
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を求める。
モルエントロピー関数 ¯𝑆¯𝑈¯𝑉
モルエントロピー関数
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を求めるには、理想気体の性質(以下の【6.4-注1】)を式(36)に代入して解けばよく、以下のようになる:
¯𝑆¯𝑈¯𝑉=¯𝐶log¯𝑈+𝑅log¯𝑉(40)
𝑠𝑢𝑛=¯𝐶𝑛log𝑢−(¯𝐶+𝑅)𝑛log𝑛
式(40)の導出以下の【6.4-注1】より、
𝑇,𝑃
は
𝑇=1¯𝐶¯𝑈𝑃=𝑅¯𝐶¯𝑈¯𝑉
である。これを使って、モルエントロピー
¯𝑆
の微分(36)を積分すると
𝛿¯𝑆≐1𝑇(𝛿¯𝑈+𝑃𝛿¯𝑉)≐¯𝐶𝛿¯𝑈¯𝑈+𝑅𝛿¯𝑉¯𝑉≐𝛿(¯𝐶log¯𝑈+𝑅log¯𝑉)∴¯𝑆¯𝑈¯𝑉=¯𝐶log¯𝑈+𝑅log¯𝑉+const.
となる。
const.
は任意なので
0
にすればよい。
◼
【6.4-注1】理想気体の状態方程式(41)とエネルギー密度関数(42)
理想気体の状態方程式
𝑃𝑇¯𝑉
は
𝑃𝑇¯𝑉=𝑅𝑇¯𝑉𝑅=8.314⋯JK−1mol−1(41)
となることが知られている。
𝑅
を気体定数という。また、理想気体のモルエネルギー関数
¯𝑈𝑇
は、温度
𝑇
のみに依存し
¯𝑈𝑇=¯𝐶𝑇(42)
である。
¯𝐶
はモル熱容量(
1mol
あたりの熱容量)であり、気体の種類で決まる定数である。
6.4.32. 化学ポテンシャル 𝜇g を決める → 式(43)
式(40)で求めた
¯𝑆¯𝑈¯𝑉
を使うと、化学ポテンシャル
𝜇
は式(37)から求まる:
𝜇𝑢𝑛=¯𝑈+𝑃¯𝑉−𝑇¯𝑆∣式(40)を代入し、モル量を密度量に変換する=𝑢𝑛+𝑅𝑢¯𝐶1𝑛−𝑢¯𝐶𝑛[¯𝐶log𝑢𝑛+𝑅log1𝑛]=𝑢𝑛[−log𝑢+(1+𝑅¯𝐶)(1+log𝑛)]
これを式(38)に代入することにより、重力を考慮した場合の化学ポテンシャル
𝜇
は以下のように求まる:
𝜇g𝑒𝑛𝑧=¯𝑚𝑔𝑧+𝑒−𝜌𝑔𝑧𝑛[−log(𝑒−𝜌𝑔𝑧)+(1+𝑅¯𝐶)(1+log𝑛)](43)
6.4.43. 粒子数密度分布 𝑛𝑧 を求める → 式(44)
後は、平衡条件(39)を解けばよい。
平衡条件(39)を適用する
第1式:
𝑇=const.
を使いたいので、式(43)の
𝑒
を
𝑇
で置き換えたい。そのためには関係式(42):
𝑢≡𝑒−𝜌𝑔𝑧=¯𝐶𝑛𝑇
を、式(43)に代入すればよい:
𝜇g𝑇𝑛𝑧=¯𝑚𝑔𝑧+¯𝐶𝑇[−log(¯𝐶𝑛𝑇)+(𝑅¯𝐶+1)(1+log𝑛)]
この式に、平衡条件(39)を適用して定数部分を括り出すと
const.=¯𝑚𝑔𝑧+¯𝐶𝑇[−log(𝑛)+(𝑅¯𝐶+1)(log𝑛)]+const.=¯𝑚𝑔𝑧+𝑅𝑇log𝑛+const.
となる。
粒子数密度分布が求まる
よって、粒子数密度
𝑛
の
𝑧
依存性は、最終的に以下のようになる:
𝑛𝑧∝exp(−¯𝑚𝑔𝑅𝑇𝑧)𝑧:着目している地点の高度¯𝑚:気体のモル質量𝑔:重力加速度𝑅:気体定数𝑇:温度(定数)(44)
即ち、高度が上がるにつれて指数関数的に減衰する。比例係数と
𝑇
は式(22)から決まるが、実験的には、ある一点での
𝑇
と
𝑃𝑧
を測定すれば決まる。内部エネルギー密度
𝑢
や圧力
𝑃
の分布も、【6.4-注1】 より、同じ依存性を持つことが分かる:
𝑢𝑧∝exp(−¯𝑚𝑔𝑅𝑇𝑧)𝑃𝑧∝exp(−¯𝑚𝑔𝑅𝑇𝑧)