熱力学編 第2章

動く仕切り

熱を通し自由に動く仕切りがある場合の平衡条件は式()である。エネルギー関数 と状態方程式 を測定から求めれば解くことができる。

状態方程式が知りたい

この章では仕切りが動ける場合を考える。仕切りによって区切られた2つの容器(部屋)には気体が入っている。仕切りは、熱を通し、かつ、自由に動けるとする(よって終状態で圧力 が等しくなる)。始状態において、両方の容器の温度・体積がそれぞれ および であった時、終状態での が知りたい。もう少し丁寧に言うと、始状態では仕切りは「断熱かつ固定されたもの」としておく。平衡状態になった後、仕切りを「熱を通し自由に動けるもの」に変化させると、仕切りは勝手に動き、最終的にどこかで止まる。その終状態はどうなるのか、という問題である。(右図の という表記において、 は熱を通すことを表し、 は仕切りの位置が自由に動くことを表す。)

未知数は、 の4つなので、4つの条件が必要である。それは容易にわかる: 新しく出てきたのは圧力 である。

前章で述べたマクロ同値性を仮定すると、各部屋の平衡状態を一意的に決めるのは、「ミクロな運動方程式を決めるパラメータである体積 」と「エネルギー 」である。よって、 さえ決めてやれば、温度 および圧力 は一意的に決まる。即ち、 の関数である: (あるいはこれを について解いた をエネルギー関数といい、 (あるいはより測定・制御しやすい を使った を状態方程式という。それぞれの容器における式()を測定から決めてやれば、それらを式()の第1式と第2式に代入することにより、終状態の4つの未知数 が1つに決まる(よって、この実験に再現性があることが分かる)

この章の残りでは、まず、測定から式()を決める方法について述べる。その後、理想気体の場合について、具体的にエネルギー関数と状態方程式を与えて、式()の解を与える:

なお、圧力 とは、容器壁の微小面積 が受ける力 の比例係数のことである(直感的には、単位面積あたりに働く力)。また、上の議論では、外力の影響は無視できるとしている(十分温度が高い)。無視できない場合、圧力は場所に依存するし、容器の体積だけでなく形状・向きにも依存する。例えば重力が無視できない場合、容器を縦に置くか横に置くかで圧力分布が変わる。

2.1エネルギー関数と状態方程式の測定

エネルギー関数 と状態方程式 は、実験から決める。この節ではその方法について述べる。

エネルギー関数 の測定

エネルギー は直接測れる量ではない。そのため、エネルギー関数 を特定するには、前章の場合と同様に、「微小な温度変化 」および「微小な体積変化 」を生じさせるのに必要なエネルギー を測定して、右辺の微分係数を求めることになる。その後、この微分方程式を積分すれば が得られる。 のことを熱容量(または等積熱容量)という。

実際に、熱容量 を測定するには、体積 を固定した状態でエネルギー を与えて、温度変化 を測定すればよい。すると、式(): によって が決まる。

一方、 の値は、定義上、最終的な温度を変えないようにしながら、体積変化 を起こすのに必要なエネルギー を測定すれば、その比例係数として求まる。しかし、温度を変えないように調節するのは大変である。熱容量 をあらかじめ求めておけば、より簡単に測定できる。例えば、断熱自由膨張を使う方法である。即ち、仕切りが入った容器の一方の部屋に気体を入れ、他方は真空にしておく。この状態で仕切りを取ると、エネルギーは変化していないので である。よって、この時の式(): を使うことにより、温度変化 を測定すれば、 は既知なので) が決まる。

以上によって微分方程式()の係数 が決まるので、この微分方程式を解くことにより、 が決まる。(エネルギー には定数を足す自由度がある。)

なお、第4章で導くが、実は という極めて非自明な関係式が成り立つ(熱力学的状態方程式という)。よって、 は、状態方程式 から求まるのである。よって、エネルギー関数 は、熱容量 と状態方程式 から決まることになる。

状態方程式 の測定

状態方程式 については、圧力 が直接測れる量であるため、様々な について実際に測定すれば、関数形が決まる。

2.2理想気体の場合の解

前章でも述べた通り、十分密度が小さく、十分高温な気体であれば、気体の種類によらず共通の性質を示すようになることが知られている。ミクロに見れば、分子同士の相互作用が相対的に小さくなるような状況である。この極限を取ったものが理想気体である。

この節では、理想気体の場合について、冒頭の問題の解を与える。

理想気体のエネルギー関数:式()

まず、式()の熱容量 は、前章でも述べたが、定数になることが実験から分かっている とおく) 特に、熱容量 は、体積 にも依存しない。即ち、一定の温度変化を実現するために必要なエネルギーは、体積に依存しない。

一方、同式第2項の係数 は、理想気体に近い気体の場合、ゼロで近似できることが実験からわかっている(ジュールの法則) 即ち、断熱自由膨張では、理想気体の温度は変化しない。

式()にこの結果を代入すると となり、これは前章のものと同じである。よって、エネルギー関数 となる。

理想気体の状態方程式:式()

次は、理想気体の状態方程式 である。前章で述べた様に、 として理想気体温度目盛りを採用すると、 と体積 は比例する。ただしこれは、圧力 を一定にした場合である。従って、 は、その比 の関数になる:

一方、等温の時、 は、体積に反比例することが知られている。(例えば、体積を2倍にすると、壁に衝突する分子の数が半分になるので、圧力も半分になる、と考えればもっともらしい。)これと式()を満たすのだから、ある定数 を用いて となることが分かる。これが理想気体の状態方程式である。

理想気体の場合の解

理想気体のエネルギー関数()と状態方程式()がそろったので、冒頭の問題を解くことができる。その結果を以下の【1.2-注1】に示す。

【1.2-注1】理想気体の仕切り付き熱接触

仕切りが付いた容器に気体を入れ、始状態として温度 と体積 を与えた時に、仕切りを「熱を通し自由に動くもの」に瞬間的に切り替えた後の終状態での温度 と体積 が知りたい。理想気体に近い気体の場合、良い近似で、終状態は以下のようになる:

導出

未知数が4つなので4つの方程式が必要だが、それは既に見たように、式()である。理想気体の場合、エネルギー関数()と状態方程式()を代入して となる。第1式と第3式からすぐに が求まる。これと残りの式から も求まる。

温度部分の結果が前章の場合(固定した仕切り)と同じになるのは、理想気体の場合、エネルギー が体積 に依存しないことを反映している。