熱接触した後の温度は式()で決まる
右図のように、温度が異なる2つの容器を用意し、接触させたまましばらく放置する。すると、両者の温度は必ず等しくなることが経験的に知られている。この時(=終状態)の温度が知りたい。(右図の
という表記は、壁が熱を通すことを示す。
は熱を表す。外部の壁は熱を通さないとする。)
この実験には再現性があることが知られている。即ち、同じ容器・内容物のもとで、同じ初期温度
で実験を行うと、終状態の温度
(
)はいつも特定の値になる。
は、
の関数となるわけである。(再現性は、物理法則の現れに他ならない。再現性のある実験を起点として、理論を構築するのが物理学の基本的な考え方である。実際、力学編では、投げたボールの運動に再現性があることを議論の起点とした。)
未知数は
の2つなので、これを求めるには、2つの条件式が必要である。まず、温度が等しくなるのだから
が成り立つ。残りは1つ。電磁気学編の第7章で述べたように、系全体のエネルギーは常に保存するので、2つの容器を合わせた全体のエネルギー
が保存する:
これが、もう1つの条件である。細かいことを言うと、全エネルギーが各容器のエネルギーの和の形で書けるのは、容器間にマクロな相互作用がない場合である。例えば、容器内の物質が電荷を帯びていてその影響が無視できない場合、クーロン力に由来するポテンシャルを加えなければならないが、これは各容器ごとに定義できるものではない。しかし、本質的に何かが変わるわけでもない上に例外的なので、以下では、式()の形で書ける場合を想定する。
以上により
等温条件エネルギー保存則
を連立することにより、2つの未知数
が確定する。ただしこれを解くには、式()を温度に関する方程式にする必要がある。そのためには、各容器について、温度
からエネルギー
を決める式(エネルギー関数)を求めなければならない。この実験の結果は、容器内に何がどれだけ入っているかに依存するわけだが、それを決める容器の個性はエネルギー関数の形でのみ現れるのである。
とはいえ、いくつか疑問点が残る。エネルギーを決めると温度が決まるというのは自明ではない。温度という馴染みのある概念も、これまで出てきていないので定量化の方法を与える必要がある。エネルギー関数をどのように測定するのか。この章では、これらについてそれぞれの節で述べたうえで、理想気体の場合に冒頭の問題を解く。
平衡状態は、エネルギーだけで決まる温度の定量化エネルギー方程式の測定理想気体の場合の解
1.1平衡状態は、エネルギーだけで決まる
断熱的な(=熱を通さない)容器をしばらく放置すると、「容器内の温度・圧力・密度などのマクロな量の分布が時間的に変化しない状態」になることが経験的に知られている。これを平衡状態という。
この節では、ミクロな分子の運動方程式を用いて直感的に考察し、エネルギーの値から平衡状態が一意的に決まることを述べる。
平衡状態は、式()と式()だけで決まる
物質は、膨大な数の原子・分子でできている。これまでの力学の知識を使ってこれらを考察するには、とりあえず運動方程式を立てることから始めるのが自然だろう。容器内の
番目の分子の運動方程式は
分子間相互作用容器の壁から受ける力重力などの外力
という形で書ける。後は、全ての
に対して初期位置
と初期速度
を与えれば、運動が一意的に決まる。(簡単のため単原子分子を考えている。多原子分子の場合は、座標
だけでなく、回転や振動も考慮する必要がある。)このように分子の運動からマクロな性質を考えることを、分子運動論という。
ただし、今知りたいのは、平衡状態であって、個々の分子の詳細な運動ではない。冒頭の話に立ち返ると、エネルギー関数
が存在するので、その逆関数
も存在する。即ち、エネルギー
から温度
が決まるはずである。これは、
を決めれば、平衡状態が決まるということではないだろうか。実際、初期状態が少々特殊な状態であっても(例えば、1つの分子に全ての運動エネルギーを集中させても)、衝突を繰り返すうちに平均化されていって、同じ平衡状態に落ち着きそうである。
以降では、任意の容器が
ミクロな運動方程式が同じであれば、エネルギーが等しい任意の初期状態は同一の平衡状態に移行する平衡状態のマクロ同値性
という性質を持つと仮定する(マクロ同値性という用語は一般的ではない)。マクロ同値性を実験的に確認するには、容器のエネルギーを変化させた後で元に戻して、同じ平衡状態に戻ることを、様々な設定で確かめればよい。1つの
に複数の平衡状態がある場合には、厳密にはマクロ同値性を満たさないが、実験中に一方のみが現れるのであれば、マクロ同値性を持つとみなしてよい。
マクロ同値性()を仮定すれば、容器に入った気体の平衡状態を決めるのに必要なパラメータは、運動方程式を確定するのに必要な
分子の種類・分子の数・容器の形状・外力など
および、運動の激しさを特徴づける
エネルギー
だけということになる。(容器の形状は、式()の
を決めるのに必要である。)
変数()については、今のところ固定して考えているので、平衡状態を決めるパラメータは、エネルギー()のみということになる。エネルギー関数が存在するのは、このマクロ同値性のためといえる。
多くの場合にマクロ同値性が成り立つが、ここでは、マクロ同値性が成り立たない場合を挙げておく。
- まず、2つの容器が別々の場所で孤立している場合である。この場合、系全体のエネルギーを決めただけでは、それぞれの容器にエネルギーをどう分配するかが決まらないので、平衡状態も一意的には決まらない。
- 他にも、履歴効果(=どのように準備したかによって状態が異なる現象)がある場合もマクロ同値性が成り立たない。例えば、水は
以下では凍るが、ゆっくりと静かに冷やしていくと、水のまま氷点下にすることができる(過冷却)。そのため、氷点下の氷と、氷点下の水という2種類が存在し、エネルギーだけではどちらか決まらない。ほかにも、黒鉛とダイアモンド、「水素・酸素の混合気体」と「それに火花を散らして反応を起こしたもの」(火花が十分小さければエネルギーの変化は無視できる)、などがある。
1.2温度の定量化
温度を測定するには、もちろん、測りたい容器内に温度計を入れればよい。温度計には様々なものがあるが、例えば棒温度計は、水銀やケロシン(灯油の主成分)などの体積が、温度を上げると膨張する性質を使っている。体積に応じて目盛りを振れば温度計が作れる。ただし、どのように定量化するか(=目盛の振り方)に任意性がある。一方、温度が等しいとか、どちらが高いか(低いか)という性質は、目盛りの取り方によらずに決まる。
この節では、温度の定量化の方法として、日常的に用いられる温度目盛である「セ氏温度」と、原点の取り方をより理論的にした「理想気体温度」について述べる。
セ氏温度:式()
セ氏温度は、1気圧下での氷の融点を
、水の沸点を
と取ることによって定義される。単位は
であり、読みは度・度C・セルシウス度などである。
これら以外の温度、例えば、
や
を決めるには、基本的には、温度によって体積
が変化する物質を使って、補間すればよい:(添え字
はセ氏温度であることを示す)
(圧力変化によって体積が変化しないように、圧力は固定する。)その物質の温度を様々に変えて、そこに差し込んだ棒温度計に
の値を刻んでいけば、目盛りが確定し温度計が出来上がる。この温度計を使って、任意の物質の温度を測ることができる。
しかし、こうして決めた温度目盛は、用いる物質によって異なってしまう(例えば目盛りの
に対応する温度が物質によって異なる)。温度を測るだけであれば、どれか1つを基準にとって固定してしまえば矛盾はない。しかし、特定の物質に依存してしまうのは、理論的には好ましくない。温度自体は、物質によらない一般的な性質なので、温度目盛についても、物質によらない一般的なものがあるとよい。
式()による温度目盛がよく一致するような物質として、密度が低く、温度が十分高い気体が使える。これを用いて、式()から温度目盛を作ると、よい近似で、気体の種類によらずに温度目盛が一致することが知られている。常温・常圧の空気は、この用途に使える。分子運動論的に言うと、(密度が小さくなることにより)分子間の距離が大きくなり、また、(温度が高いことにより)速度が大きくなるため、分子間力や外力の影響が小さくなる。即ち、式()の右辺は、壁との衝突を除いて、無視できるようになるということである。このように壁以外との相互作用を小さくしていった極限を、理想気体という。
理想気体温度:式()
式()によると、温度
が下がるにつれて、
は小さくなる。
は当然ゼロより大きいので、
には下限
があることになる。
は、式()の
を測定から決めたうえで、
とすることにより得られ
となることが知られている。これを絶対零度という。これは、理想気体に十分近い気体を使って得られるものであるが、実在の気体の体積をゼロにすることはできないので、形式的なものである。
この
を温度目盛の原点とするのが自然である。これを、理想気体温度といい、単位を
と書きケルビンと読む。前述のセ氏温度とは、原点の位置が異なるだけであり、
の間隔は、
と同じである。即ち、理想気体温度
とセ氏温度
との関係は
となる。(現在では、理想気体温度が先にあって、セ氏温度をこの式で定義する。等号になっているのはそのためである。)理想気体温度の場合、式()に対応する式は
である。(分母は
単位のままである。上式を導出するには、絶対零度の定義
の逆符号を式()に足せばよい。)理想気体では、圧力一定のもとで、体積と温度が比例するわけである。この式が使えるのは、理想気体に十分近い気体だけである。
これ以降、温度目盛として、理想気体温度を使うことにする。理想気体温度は、温度の原点を決められるという意味で、より理論に適していると考えられる。目盛の幅は決まらないが、これは例えば、長さや時間間隔の単位に任意性があるのと同じなので、このままで問題ない。もちろん、理想気体自体は存在しないし、体積ゼロの極限というのも物理的にはあり得ないので、厳密な定義というわけではない。実在の気体は、温度を下げていくと理想気体から外れていくので、極低温において、実験的に理想気体温度を定義することはそもそもできない。(熱力学的に自然な温度の定量化を見つけることは、熱力学の大きな目標の一つであり、第4章の熱力学温度によって達成される。ただし、熱力学温度は理想気体温度と一致するので、実用上は同じものと考えてよい。)
1.3エネルギー関数の測定
冒頭でも述べた様に、エネルギー
と温度
を結び付ける式を、エネルギー関数という。1.1節で述べた様に、エネルギー
を決めれば、平衡状態が決まるので、温度
が決まる。即ち、
は
の関数である:(
は
の略記)
この
を温度関数と呼ぶことにする。(手をこすると暖かくなることからも分かるように、エネルギーを与えると温度が上げることができるので、このような関係式が存在することはもっともらしい。)
エネルギー関数
が分かれば、式()は
となり、温度だけの関係式になり、式()を解くことができる。(容器ごとにエネルギー関数の関数形は異なるので、
などと書いたほうが曖昧さがないが、下添え字で分かるので省く。こうしないと、後の章で変数が増えた時に見づらくなる。)
熱力学では、
は実験的に決めることになる。この節では、実験によってエネルギー関数を決定する方法について述べる。(ミクロな法則からエネルギー関数を導くことも考えられるが、それは、統計力学という分野の関心事である。)
エネルギー関数は、熱容量の測定から決まる
エネルギー関数
を決めたいわけだが、エネルギーは直接測定できる量ではない。(電磁力学編の第7章で見たように、関係式
が成り立つので、質量
からエネルギーを決めることもできるはずだが、質量の測定精度に比べて変化が小さすぎて無理である。)そのため、温度を微小量
だけ変化させるのに必要なエネルギー
を測定することを考える。そうすれば、1次近似:(
は
の
微分、以下の【1.3-注1】)
から
が求まる。これは容易に測定できる。後は、様々な
で測定して
の関数形を確定させ、積分すれば、エネルギー関数
が求まる(定数を足す任意性がある)。
を熱容量といい、直感的には、温度を
上げるのに必要なエネルギーである。
【1.3-注1】偏微分の略記
関数
を
と略記する:
その偏微分を、
にドットを付けて表す。例えば:
また、複数の項をまとめて書く場合もある。例えば、
を
で微分したものは
補足
一般的な表記法ではない。なお、最後の式()を使うのは、偏微分が順序によらない(=2階全微分可能な)場合のみである。
1次近似は以下のようになる:
は1次近似であることを表す(力学編の【1.1-注1】参照)。
1.4理想気体の場合の解
この節では、1.2節で述べた理想気体の場合について、エネルギー関数()を与え、冒頭の問題の解()を導く。
理想気体のエネルギー関数:式()
理想気体に近い気体の場合、熱容量
は温度にほぼ依存しないことが、実験的に知られている。この値を
とおく:
これを通常の微分方程式の形で書くと
となるので、解は、適当な基準エネルギー
での温度を
として
となる。エネルギーの原点に任意性があることを使って、
の時に
となるように定義すれば簡単になる:
これが、理想気体のエネルギー関数である。
理想気体の場合の解:式()
エネルギー関数()を使って、理想気体の場合の冒頭の問題を解くことができる。その解は、以下の【1.2-注1】のようになる。
【1.2-注1】理想気体容器の熱接触
理想気体が入った2つの容器を熱積に接触させた時、終状態の温度それぞれ
は
となる。ただし、初期状態の各容器の温度をそれぞれ
、熱容量をそれぞれ
とする。
2つの容器が同じものであれば、
となり、ちょうど平均値になる。
導出
必要な式は、終状態での等温条件():
エネルギー保存則():
エネルギー関数():
の3つである。
式()を式()に代入して得られる
と式()を連立すると
が求まり、与式を得る。