熱力学編 第1章

熱接触での平衡

熱接触時の終状態は、等温条件()とエネルギー保存()を連立すれば決まる。理想気体の場合、終状態は式()となる。

熱接触した後の温度は式()で決まる

右図のように、温度が異なる2つの容器を用意し、接触させたまましばらく放置する。すると、両者の温度は必ず等しくなることが経験的に知られている。この時(=終状態)の温度が知りたい。(右図の という表記は、壁が熱を通すことを示す。 は熱を表す。外部の壁は熱を通さないとする。)

この実験には再現性があることが知られている。即ち、同じ容器・内容物のもとで、同じ初期温度 で実験を行うと、終状態の温度 はいつも特定の値になる。 は、 の関数となるわけである。(再現性は、物理法則の現れに他ならない。再現性のある実験を起点として、理論を構築するのが物理学の基本的な考え方である。実際、力学編では、投げたボールの運動に再現性があることを議論の起点とした。)

未知数は の2つなので、これを求めるには、2つの条件式が必要である。まず、温度が等しくなるのだから が成り立つ。残りは1つ。電磁気学編の第7章で述べたように、系全体のエネルギーは常に保存するので、2つの容器を合わせた全体のエネルギー が保存する: これが、もう1つの条件である。細かいことを言うと、全エネルギーが各容器のエネルギーの和の形で書けるのは、容器間にマクロな相互作用がない場合である。例えば、容器内の物質が電荷を帯びていてその影響が無視できない場合、クーロン力に由来するポテンシャルを加えなければならないが、これは各容器ごとに定義できるものではない。しかし、本質的に何かが変わるわけでもない上に例外的なので、以下では、式()の形で書ける場合を想定する。

以上により を連立することにより、2つの未知数 が確定する。ただしこれを解くには、式()を温度に関する方程式にする必要がある。そのためには、各容器について、温度 からエネルギー を決める式(エネルギー関数)を求めなければならない。この実験の結果は、容器内に何がどれだけ入っているかに依存するわけだが、それを決める容器の個性はエネルギー関数の形でのみ現れるのである。

とはいえ、いくつか疑問点が残る。エネルギーを決めると温度が決まるというのは自明ではない。温度という馴染みのある概念も、これまで出てきていないので定量化の方法を与える必要がある。エネルギー関数をどのように測定するのか。この章では、これらについてそれぞれの節で述べたうえで、理想気体の場合に冒頭の問題を解く。

1.1平衡状態は、エネルギーだけで決まる

断熱的な(=熱を通さない)容器をしばらく放置すると、「容器内の温度・圧力・密度などのマクロな量の分布が時間的に変化しない状態」になることが経験的に知られている。これを平衡状態という。

この節では、ミクロな分子の運動方程式を用いて直感的に考察し、エネルギーの値から平衡状態が一意的に決まることを述べる。

平衡状態は、式()と式()だけで決まる

物質は、膨大な数の原子・分子でできている。これまでの力学の知識を使ってこれらを考察するには、とりあえず運動方程式を立てることから始めるのが自然だろう。容器内の 番目の分子の運動方程式は という形で書ける。後は、全ての に対して初期位置 と初期速度 を与えれば、運動が一意的に決まる。(簡単のため単原子分子を考えている。多原子分子の場合は、座標 だけでなく、回転や振動も考慮する必要がある。)このように分子の運動からマクロな性質を考えることを、分子運動論という。

ただし、今知りたいのは、平衡状態であって、個々の分子の詳細な運動ではない。冒頭の話に立ち返ると、エネルギー関数 が存在するので、その逆関数 も存在する。即ち、エネルギー から温度 が決まるはずである。これは、 を決めれば、平衡状態が決まるということではないだろうか。実際、初期状態が少々特殊な状態であっても(例えば、1つの分子に全ての運動エネルギーを集中させても)、衝突を繰り返すうちに平均化されていって、同じ平衡状態に落ち着きそうである。

以降では、任意の容器が という性質を持つと仮定する(マクロ同値性という用語は一般的ではない)マクロ同値性を実験的に確認するには、容器のエネルギーを変化させた後で元に戻して、同じ平衡状態に戻ることを、様々な設定で確かめればよい。1つの に複数の平衡状態がある場合には、厳密にはマクロ同値性を満たさないが、実験中に一方のみが現れるのであれば、マクロ同値性を持つとみなしてよい。

マクロ同値性()を仮定すれば、容器に入った気体の平衡状態を決めるのに必要なパラメータは、運動方程式を確定するのに必要な および、運動の激しさを特徴づける

だけということになる。(容器の形状は、式()の を決めるのに必要である。)

変数()については、今のところ固定して考えているので、平衡状態を決めるパラメータは、エネルギー()のみということになる。エネルギー関数が存在するのは、このマクロ同値性のためといえる。

多くの場合にマクロ同値性が成り立つが、ここでは、マクロ同値性が成り立たない場合を挙げておく。

  • まず、2つの容器が別々の場所で孤立している場合である。この場合、系全体のエネルギーを決めただけでは、それぞれの容器にエネルギーをどう分配するかが決まらないので、平衡状態も一意的には決まらない。
  • 他にも、履歴効果(=どのように準備したかによって状態が異なる現象)がある場合もマクロ同値性が成り立たない。例えば、水は 以下では凍るが、ゆっくりと静かに冷やしていくと、水のまま氷点下にすることができる(過冷却)。そのため、氷点下のと、氷点下のという2種類が存在し、エネルギーだけではどちらか決まらない。ほかにも、黒鉛とダイアモンド、「水素・酸素の混合気体」と「それに火花を散らして反応を起こしたもの」(火花が十分小さければエネルギーの変化は無視できる)、などがある。

1.2温度の定量化

温度を測定するには、もちろん、測りたい容器内に温度計を入れればよい。温度計には様々なものがあるが、例えば棒温度計は、水銀やケロシン(灯油の主成分)などの体積が、温度を上げると膨張する性質を使っている。体積に応じて目盛りを振れば温度計が作れる。ただし、どのように定量化するか(=目盛の振り方)に任意性がある。一方、温度が等しいとか、どちらが高いか(低いか)という性質は、目盛りの取り方によらずに決まる。

この節では、温度の定量化の方法として、日常的に用いられる温度目盛である「セ氏温度」と、原点の取り方をより理論的にした「理想気体温度」について述べる。

セ氏温度:式()

セ氏温度は、1気圧下での氷の融点を 、水の沸点を と取ることによって定義される。単位は であり、読みは度・度C・セルシウス度などである。

これら以外の温度、例えば、 を決めるには、基本的には、温度によって体積 が変化する物質を使って、補間すればよい:(添え字 はセ氏温度であることを示す) (圧力変化によって体積が変化しないように、圧力は固定する。)その物質の温度を様々に変えて、そこに差し込んだ棒温度計に の値を刻んでいけば、目盛りが確定し温度計が出来上がる。この温度計を使って、任意の物質の温度を測ることができる。

しかし、こうして決めた温度目盛は、用いる物質によって異なってしまう(例えば目盛りの に対応する温度が物質によって異なる)。温度を測るだけであれば、どれか1つを基準にとって固定してしまえば矛盾はない。しかし、特定の物質に依存してしまうのは、理論的には好ましくない。温度自体は、物質によらない一般的な性質なので、温度目盛についても、物質によらない一般的なものがあるとよい。

式()による温度目盛がよく一致するような物質として、密度が低く、温度が十分高い気体が使える。これを用いて、式()から温度目盛を作ると、よい近似で、気体の種類によらずに温度目盛が一致することが知られている。常温・常圧の空気は、この用途に使える。分子運動論的に言うと、(密度が小さくなることにより)分子間の距離が大きくなり、また、(温度が高いことにより)速度が大きくなるため、分子間力や外力の影響が小さくなる。即ち、式()の右辺は、壁との衝突を除いて、無視できるようになるということである。このように壁以外との相互作用を小さくしていった極限を、理想気体という。

理想気体温度:式()

式()によると、温度 が下がるにつれて、 は小さくなる。 は当然ゼロより大きいので、 には下限 があることになる。 は、式()の を測定から決めたうえで、 とすることにより得られ となることが知られている。これを絶対零度という。これは、理想気体に十分近い気体を使って得られるものであるが、実在の気体の体積をゼロにすることはできないので、形式的なものである。

この を温度目盛の原点とするのが自然である。これを、理想気体温度といい、単位を と書きケルビンと読む。前述のセ氏温度とは、原点の位置が異なるだけであり、 の間隔は、 と同じである。即ち、理想気体温度 とセ氏温度 との関係は となる。(現在では、理想気体温度が先にあって、セ氏温度をこの式で定義する。等号になっているのはそのためである。)理想気体温度の場合、式()に対応する式は である。(分母は 単位のままである。上式を導出するには、絶対零度の定義 の逆符号を式()に足せばよい。)理想気体では、圧力一定のもとで、体積と温度が比例するわけである。この式が使えるのは、理想気体に十分近い気体だけである。

これ以降、温度目盛として、理想気体温度を使うことにする。理想気体温度は、温度の原点を決められるという意味で、より理論に適していると考えられる。目盛の幅は決まらないが、これは例えば、長さや時間間隔の単位に任意性があるのと同じなので、このままで問題ない。もちろん、理想気体自体は存在しないし、体積ゼロの極限というのも物理的にはあり得ないので、厳密な定義というわけではない。実在の気体は、温度を下げていくと理想気体から外れていくので、極低温において、実験的に理想気体温度を定義することはそもそもできない。(熱力学的に自然な温度の定量化を見つけることは、熱力学の大きな目標の一つであり、第4章の熱力学温度によって達成される。ただし、熱力学温度は理想気体温度と一致するので、実用上は同じものと考えてよい。)

1.3エネルギー関数の測定

冒頭でも述べた様に、エネルギー と温度 を結び付ける式を、エネルギー関数という。1.1節で述べた様に、エネルギー を決めれば、平衡状態が決まるので、温度 が決まる。即ち、 の関数である: の略記) この を温度関数と呼ぶことにする。(手をこすると暖かくなることからも分かるように、エネルギーを与えると温度が上げることができるので、このような関係式が存在することはもっともらしい。)

エネルギー関数 が分かれば、式()は となり、温度だけの関係式になり、式()を解くことができる。(容器ごとにエネルギー関数の関数形は異なるので、 などと書いたほうが曖昧さがないが、下添え字で分かるので省く。こうしないと、後の章で変数が増えた時に見づらくなる。)

熱力学では、 は実験的に決めることになる。この節では、実験によってエネルギー関数を決定する方法について述べる。(ミクロな法則からエネルギー関数を導くことも考えられるが、それは、統計力学という分野の関心事である。)

エネルギー関数は、熱容量の測定から決まる

エネルギー関数 を決めたいわけだが、エネルギーは直接測定できる量ではない。(電磁力学編の第7章で見たように、関係式 が成り立つので、質量 からエネルギーを決めることもできるはずだが、質量の測定精度に比べて変化が小さすぎて無理である。)そのため、温度を微小量 だけ変化させるのに必要なエネルギー を測定することを考える。そうすれば、1次近似: 微分、以下の【1.3-注1】) から が求まる。これは容易に測定できる。後は、様々な で測定して の関数形を確定させ、積分すれば、エネルギー関数 が求まる(定数を足す任意性がある) を熱容量といい、直感的には、温度を 上げるのに必要なエネルギーである。

【1.3-注1】偏微分の略記

関数 と略記する: その偏微分を、 にドットを付けて表す。例えば:

また、複数の項をまとめて書く場合もある。例えば、 で微分したものは

補足

一般的な表記法ではない。なお、最後の式()を使うのは、偏微分が順序によらない(=2階全微分可能な)場合のみである。

1次近似は以下のようになる: は1次近似であることを表す(力学編の【1.1-注1】参照)。

1.4理想気体の場合の解

この節では、1.2節で述べた理想気体の場合について、エネルギー関数()を与え、冒頭の問題の解()を導く。

理想気体のエネルギー関数:式()

理想気体に近い気体の場合、熱容量 は温度にほぼ依存しないことが、実験的に知られている。この値を とおく:

これを通常の微分方程式の形で書くと となるので、解は、適当な基準エネルギー での温度を として となる。エネルギーの原点に任意性があることを使って、 の時に となるように定義すれば簡単になる: これが、理想気体のエネルギー関数である。

理想気体の場合の解:式()

エネルギー関数()を使って、理想気体の場合の冒頭の問題を解くことができる。その解は、以下の【1.2-注1】のようになる。

【1.2-注1】理想気体容器の熱接触

理想気体が入った2つの容器を熱積に接触させた時、終状態の温度それぞれ となる。ただし、初期状態の各容器の温度をそれぞれ 、熱容量をそれぞれ とする。

2つの容器が同じものであれば、 となり、ちょうど平均値になる。

導出

必要な式は、終状態での等温条件(): エネルギー保存則(): エネルギー関数(): の3つである。

式()を式()に代入して得られる と式()を連立すると が求まり、与式を得る。