統計力学編 第4章

カノニカル表示

状態数の代わりに、分配関数()から得られるマシュー関数()を用いて熱力学量を計算すると、簡単になることが多い。統計平均についても、カノニカル表示()を使うと計算が簡単になることが多い。

エントロピーの相加性が露わになるように、状態数を書き換えたい。

式()が成り立つことを露わに示すように、状態数 を書き換えたい

前章で見たように、2つの容器を熱接触させている系では、全体の状態数は 、各容器の状態数 の積になる: 前章ではこれを素直に認めてエントロピーの議論につなげたが、この式はかなり非自明な式である。実際、これを について解くと となり、左辺は容器1だけの量なので、右辺は分数は容器2の性質によらないことになる。これは面白い性質である。これが成り立つことが明らかなように状態数を書き換えたい。これを、状態数のカノニカル表示と呼ぶことにする(結論から言うと式())

この章では、式()が成り立つようにカノニカル表示を予想し、その後それを正当化する。

4.1状態数のカノニカル表示(予想)

この節では、(エントロピー総加性を露わにする表示である)状態数のカノニカル表示が、式()で表されるのではないかという予想を立てる。これが正しいことは次節で示す。

状態数 のカノニカル表示の予想:式()

式()において、右辺から容器2に関する量を消去したい。まず、右辺分母の を消去するために、分子の から を括り出す: は容器1の相空間上での積分を表す) これを式()の右辺の分子に代入すると となる を代入して を消した)

この式()が容器2の性質によらずに成り立つわけである。この式の右辺にはまだ容器2の量 が残っている。これらが消えるとしたらどうなるだろうか。もっとも単純なのは は平衡状態での逆温度)である: 条件()は、少なくとも容器2を非常に大きくすれば成立しそうである。容器1の量しか登場しなくなったので、添え字を落とすと となる。 という記号は以下の略記である:

【4.1-注1】状態数 の公式

エネルギー における状態数 と逆温度 は、微分方程式 を満たす。この解は、任意のエネルギー での状態数 を用いて、以下のように書ける:

導出

まず逆温度 と状態数 の関係式は、前章で見たように であり、これは式()そのものである。

式()は、もし が定数であれば、見慣れた指数関数の微分方程式である。定数でない場合でも解くことができて、与式()になる。実際、与式()は初期値 で成り立つので、後は式()を満たすことを言えばよいが、実際に代入してみればすぐ分かる。

式()が成り立てば、式()も成り立つ

この式() が成り立てば、式()も成り立つことが言える: は、 かつ で定義され、必ず存在する。)よって、確かにもっともらしい。そこで、次節で式()が成り立つことを示す。

4.2状態数のカノニカル表示

この節では、式()が実際に成り立つことを示す。

状態数 の公式:式()

示したいのは、式() である。式()の導出時と同様に、 から を括り出すことを考える: 式()に近い式が出てきた。後は、係数の を計算すればよい: 調使 (途中でデルタ関数で近似できることを用いた。この考え方は後の【4.4-注1】の導出でも使う。)これを式()に代入すると、最終的に が得られる。式()とは、 の部分だけ異なるが、この値は を作用させると無視できる大きさなので、式():(再掲) も成り立つ。式()を、状態数のカノニカル表示と呼ぶことにする(一般的ではない) において、肝となる積分部分 を分配関数という。

カノニカル表示()は、式()とは無関係に導いたものなので、複数の容器が熱的に接触している系でなくても、容器が1つだけの系でも成り立つ(式()は式()を予想する際に使用しただけ)

温度関数 を求めるには分配関数 を使う:式()

カノニカル表示の状態数()を求めるには、分配関数 を求めればよいわけだが、これは相空間全体の積分になっており、計算が容易である(状態数を使った元の定義ではエネルギー 以下の領域に限定していた)。特に理想気体のように、分子間の相互作用が無視できる場合には、1分子の積分の積になる。

とはいえ、式()には、 が登場するので、エネルギー と温度 の関係式が分かっている必要がある。分配関数 からこれを求めることができる。エントロピー の微分 を使えばよい。まず、状態数()からエントロピー を求めると(ギブスの修正因子 を含めて) 後は、式()の左辺に式()を代入すると(見やすさのため引数添え字 は省略して) よって、 部分がゼロとなる:

よって、分配関数 さえ求めれば、 が求まるので、その逆関数 が求まり、式()からエントロピー も求まる。即ち、分配関数()は、エントロピーと同じ情報を持っていることになる。

4.3マシュー関数から熱力学量が計算できる

分配関数がエントロピーと同じ情報を持っていることが分かった。それならばエントロピーを経由せずとも、分配関数から直接、圧力などの熱力学量を直接導けるはずである。

そのためにまず、状態数 からエントロピー で定義したように、分配関数 からマシュー関数と呼ばれる量 によって定義する。(ギブスの修正因子 を含めて書いた。エントロピーと同様に、ハミルトニアンに粒子交換対称性がある場合に必要。)

この節では、このマシュー関数 から直接、熱力学量を導く。

マシュー関数から熱力学量を求める:式()

エントロピー の場合、熱力学量 (それぞれ温度、圧力、化学ポテンシャル)は、 の全微分から得られた: 同様に、マシュー関数 の微分を考えても熱力学量が得られるはずである。

そのためにまず、エントロピー とマシュー関数 の関係式を求めると(ギブスの修正因子 を含めて) となる。あとは、両辺の全微分を取ればよい: 左辺に式()を代入して、 を左辺に移せば、最終的に以下を得る: よって、分配関数からマシュー関数() を計算すれば、この式によって熱力学量 の関数形が求まる。

例えば、単原子理想気体の場合、以下の【4.3-注1】のようになる。

【4.3-注1】単原子理想気体のマシュー関数

単原子理想気体のマシュー関数は である。

エネルギー と状態方程式 を求めてみると となり正しい値になる。またエントロピー()は となり、第3章の【3.2-注1】の結果に一致する。

導出

分配関数は よって、マシュー関数()は

このように、状態数の積分よりも、分配関数の積分のほうが容易に計算できることが分かる。特に、この場合のように、粒子間の相互作用がない場合、分配関数はべき乗の形になる。

4.4統計平均のカノニカル表示

統計平均もカノニカル表示できないだろうか。第2章で述べた様に、エネルギー における物理量 の統計平均 は、相空間におけるエネルギー を持つ状態の平均値である: 一方、式()を見ると、 と書けることが予想される。確かに、分子の積分に寄与するのは、 付近の被積分関数だけなので、もっともらしい。

この節では、式()が正しことを示す。

統計平均のカノニカル表示:式()

そのために、式()の場合と同様に、分子 から式()の を括り出すことを考える: 一方、式()の分母はこの式で としたものである: よって、式()の統計平均のカノニカル表現は正しい: 式()に比べると、全体積分になっているので、計算しやすそうである。分母は分配関数()になっている。

【4.4-注1】デルタ関数の近似公式

適当な関数 に対し、 となるように定義する。 は、「単調減少」かつ「 の範囲で1次近似がよく成り立つ」とする。

この時、以下で定義される関数 はデルタ関数とみなせる。即ち、変化が緩やかな(= の範囲での変化が測定誤差の範囲で無視できる)任意の量 に対し が成り立つ。

導出

関数 を変形していく: ここで、 は、単調減少かつ の範囲で1次近似でできるので、 部分は無視できて、ガウス関数とみなせる。 の範囲ではこの部分は効いてこないし、その外ではガウス関数の性質により となる。)よって、 の極限で、 はデルタ関数として振る舞う。ただし、式()を考える上では、そのような極限を取らずとも、 の変化が緩やかなので、 をデルタ関数のように扱ってよい。