統計力学編 第2章

状態数は可逆不変

状態数 Ω (式(1))は可逆不変性(2)を持つ。これはエントロピーの持つ性質と同じである。熱力学では、エントロピーは測定から求め無ければならなかったが、この Ω は、ハミルトニアンから理論的に得られる。 Ω を使えば、エントロピーがハミルトニアンから直接定義できそうである(実際のエントロピーの定義は次章)。

前章では、理想気体という具体的な例において、状態数 Ω :(再掲) Ω𝐸⁢𝑉≡∫𝐻≤𝐸1(1) を求め、 Ω が可逆不変性:(再掲) 可逆過程で値を変えず、不可逆過程で増加する性質(可逆不変性)(2) を持つことを示した。

この章では、一般の熱力学系で、 Ω が可逆不変になることを結論付ける。ただし、証明するわけではなく、要請する。また、なぜ相空間の体積である Ω が、可逆不変となるかについて直感的な議論を行う。 1.1:状態数Ωは可逆不変性を持つ1.2:(参考)状態数Ωの解釈

2.1状態数 Ω は可逆不変性を持つ

この節では、準静過程における状態数(1)の変化 𝛿⁢Ω を計算し、 𝛿⁢Ω≐0 となることを要請する。

2.1.1状態量 Ω が可逆不変であるための必要条件:式(5)

状態数(1)において、ハミルトニアンのパラメータ 𝑉 を微小量 𝛿⁢𝑉 だけ変化させる(長い時間 Δ⁢𝑡 をかけて)。 𝑉 という記号は、体積を想定してのことであるが、外部磁場などでもよい。その際のエネルギー 𝐸 の変化を 𝛿⁢𝐸 とおく。この時の Ω𝐸⁢𝑉 の変化 𝛿⁢Ω𝐸⁢𝑉 を、考えていく。

運動方程式により、 𝛿⁢𝑉,𝛿⁢𝐸 の関係式が得られる: 𝛿⁢𝐸≈𝛿⁢𝜆Δ⁢𝑇⁢∫𝑡+Δ⁢𝑡𝑡𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⁡𝑑⁢𝑡≡――――𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⁡𝛿⁢𝜆(3) (前章の第1節で求めた式と同じ。)ただし、赤字部分: ――――𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉≡∫𝑡+Δ⁢𝑡𝑡𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⁡𝑑⁢𝑡𝑇 は、 𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉 の時間平均である。

一方、微小変化 𝛿⁢𝐸,𝛿⁢𝑉 の下での Ω の変化 𝛿⁢Ω は 𝛿⁢Ω𝐸⁢𝑉=∫𝐻+𝛿⁢𝐻≤𝐸+𝛿⁢𝐸1−∫𝐻≤𝐸1⁢⁢∣ ∣ ∣ ∣ ∣ ∣階段関数𝜃𝑥={1,𝑥>00,その他を使って全体積分に置き換える=∫𝒙,𝒑(𝜃𝐸+𝛿⁢𝐸−𝐻+𝛿⁢𝐻−𝜃𝐸−𝐻)⁢⁢∣階段関数𝜃𝑥の微分はデルタ関数𝛿𝑥≐∫𝒙,𝒑𝛿𝐸−𝐻⋅(𝛿⁢𝐸−𝛿⁢𝐻)⁢⁢∣𝛿⁢𝐻≐𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⁡𝛿⁢𝑉≐∫𝒙,𝒑𝛿𝐸−𝐻⁢(𝛿⁢𝐸−𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⁡𝛿⁢𝑉)≐(∫𝒙,𝒑𝛿𝐸−𝐻)⁢(𝛿⁢𝐸−⟨𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⟩⁢𝛿⁢𝑉)(4) 緑字部分は ⟨𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⟩≡∫𝒙,𝒑𝛿𝐸−𝐻⁢𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉∫𝒙,𝒑𝛿𝐸−𝐻 であり、 𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉 の統計平均と呼ぶ。分母は、等エネルギー面付近の相空間の体積であり、分子は、同じ領域に対して 𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉 という重みを付けて積分したものである。従って、等エネルギー面付近において、 𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉 を平均したものということになる。

式(4)に式(3)を代入して 𝛿⁢𝐸 を消去すると 𝛿⁢Ω𝐸⁢𝑉≐(∫𝒙,𝒑𝛿𝐸−𝐻)⁢(――――𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉−⟨𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⟩)⁢𝛿⁢𝑉 となる。状態量 Ω𝐸⁢𝑉 が可逆不変量となるためには、 𝛿⁢Ω𝐸⁢𝑉≐0 、即ち、 𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉 の時間平均と統計平均が一致する必要がある: ――――𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉=⟨𝐻𝒙,𝒑,˙𝑉⟩(5) (統計力学の「統計」という言葉は、計算し辛い時間平均を、統計平均から求めることに由来する。その応用については第xx章で扱う。)

2.1.2 Ω は準静過程で変化しない:式(6)

熱力学編でも述べたように、エネルギー 𝐸 が等しいほとんど全ての状態は、ある1つの平衡状態とみなせるという性質(標準的ではないがマクロ同値性と呼んだ)が成り立つとする。これにより、直感的には式(5)が成立しそうである。というのも、時間平均も統計平均も、ある1つの平衡状態におけるミクロ状態にわたる平均となるからである。このように、時間平均と統計平均が一致するという性質のこともエルゴード性という。

エルゴード性の導出はは、原理的にはハミルトニアンが与えられれば可能なはずであるが、困難である。(以下の【2.1-注1】のように、いくつかの仮定のもとで示すことはできる。)そのため、これ以降ではエルゴード性が成り立つものと仮定する。即ち、任意のマクロな時間(=測定ごとに値が変わらない程度の時間幅)における物理量 𝐴 の時間平均値 ――𝐴 は、その統計平均 ⟨𝐴⟩ に一致する: ――𝐴=⟨𝐴⟩(エルゴード仮説) (なお、第xx章で扱うが、このエルゴード仮説を用いると、揺らぎや分子の速度分布といった、熱力学では対象としなった量が計算できる。このように、統計平均によって観測量を計算するというのが、エントロピーの導出と並ぶ、統計力学における基本的な戦略である。)

以上により、状態数 Ω𝐸⁢𝑉 は、 𝑉 の準静変化で値を変えない: 𝛿⁢Ω𝐸⁢𝑉≐0(6)

なお、秩序パラメータ 𝑜 が2つ以上の値を取る場合がある(例えば、結晶における格子の向きや、断熱容器が複数ある場合におけるエネルギーの分配)。この場合、式(5)の右辺の統計平均は、異なる秩序パラメータを持つ相の平均になってしまい、左辺とは一致しなくなる。一方、熱力学はそのような状態に対しても適用できる

【2.1-注1】エルゴード性

ある物理量 𝑄 に対して、以下の2種類の平均: ――𝑄Δ⁢𝑡=(時間間隔Δ⁢𝑡における時間平均)=1Δ⁢𝑡⁢∫Δ⁢𝑡𝑡=0𝑄⟨𝑄⟩𝐷=(相空間上の領域𝐷における統計平均)=∫𝐷𝑄∫𝐷1 を考える。両者が一致する: ――𝑄Δ⁢𝑡=⟨𝑄⟩𝐷(エルゴード性) とみなせるには、以下の条件が成立していればよい:

  • 𝐷 内の全ての点は、時間発展しても 𝐷 内に留まり続ける。
  • 初期値 𝑿0∈𝐷 における無限時間平均を ――𝑄∞⁡(𝑿0) とおく時、 ――𝑄∞⁡(𝑿0) はほぼ全ての 𝑿0 で同じ値を持つ。これを単に ――𝑄∞ と書く。
  • ――𝑄Δ⁢𝑡 は、 ――𝑄∞ にほぼ一致する。

導出

――𝑄Δ⁢𝑡=∫𝐷1∫𝐷1⁢――𝑄∞=∫𝑿0∈𝐷――𝑄∞⁡(𝑿0)∫𝐷1=∫𝑿0∈𝐷limΔ⁢𝑡→∞⁡1Δ⁢𝑡⁢∫Δ⁢𝑡𝑡=0𝑄⁡(𝑿0)∫𝐷1⁢⁢∣積分を交換=limΔ⁢𝑡→∞⁡1Δ⁢𝑡⁢∫Δ⁢𝑡𝑡=0⁢∫𝑿0∈𝐷𝑄⁡(𝑿0)∫𝐷1⁢⁢∣ ∣ ∣ ∣ ∣次節のリウヴィルの定理【2.2-注1】より緑字部分は時間𝑡によらないので青字部分を1で置き換えてよい=1⋅∫𝑿0∈𝐷𝑄⁡(𝑿0)∫𝐷1=⟨𝑄⟩𝐷◼

2.1.3 Ω は可逆不変量である→ Ω からエントロピーが得られそう

状態数 Ω𝐸⁢𝑉 は準静仮定で不変である。ということは、 Ω𝐸⁢𝑉 が、我々が求めていたもの、即ち、可逆不変量であると考えられる。これを認めることにしよう: 状態量Ω𝐸,𝜆⁢は、可逆不変性(2)を持つ(ボルツマンの原理) 熱力学編で見たように、不可逆過程は、可逆過程よりもエネルギーを増大させるので、 Ω𝐸⁢𝑉 も不可逆過程で大きくなる。

ただし、 Ω𝐸⁢𝑉 がそのまま熱力学におけるエントロピー 𝑆 に一致するとは言えない。 𝑆 は、 Ω𝐸⁢𝑉 の関数になるはずである: 𝑆𝐸⁢𝑉=𝑓⁡(Ω𝐸⁢𝑉) 実際、熱力学においても 𝑆 の取り方には任意性があり、総加性と示量性を持たせることができるという性質を使うことで、 𝑆 の関数形を決めたのであった。同様の議論によって未知関数 𝑓 を決定できるはずである。その議論は次章で行う。(第1章の理想気体の計算で既に見たように、おそらく 𝑆=𝑘⁢log⁡Ω のようになるだろう。)

なお、正確には、ボルツマンの原理は、「持つ」ではなく「持つとみなせる」と書いたほうがよい。というのも、第1章で理想気体の場合に計算したように、 Ω𝐸⁢𝑉 は 𝐸 に対する異常な増加関数であり、可逆仮定とみなせるような実験でも、1億桁くらいは余裕で変化するからである(1億倍ではなく1億桁である)。この場合でも可逆不変でなければならない。実際には、エントロピー 𝑆=𝑘⁢log⁡Ω にした時に良い精度で可逆不変になるとみるべきである。実際、 Ω が1億桁変化したところで、 𝑆 の変化は無視できる。

2.2参考状態数 Ω の解釈

状態数 Ω は、可逆不変性というエントロピーと同様の性質を持つ。 Ω の定義は、等エネルギー面が囲む体積である。なぜこのような量がエントロピーの性質を持つのだろうか。この節では、状態数を情報の欠損量と解釈することで、これを直感的に理解することを目的とする。

2.2.1状態の不確定性は保存する:リウヴィルの定理

相空間の体積に関する性質として、運動方程式に従って移動する領域の体積が保存する。これを、リウヴィルの定理という(以下の【2.2-注1】)。

通常、粒子の状態は、相空間上の1点で表される。一方で、今考えているのは体積である。これは、粒子の状態に不確定性がある場合に対応する。即ち、その領域の中にあることは分かっているが、その中のどこにあるかは分からないという状況である。体積が保存するということは、その不確定性が、相空間上において変化しないということである。特に、不確定性を減らせないことは、可逆不変量を減らすことができないことに対応しておりもっともらしい。

【2.2-注1】相空間の体積は保存する:リウヴィルの定理

時刻 𝑡=0 において、相空間上に任意の領域 𝐷0 を取る。その後、 𝐷0 上の各点が運動方程式に従って時間発展する。時刻 𝑡 におけるこの領域を 𝐷𝑡 とおくと、 𝐷𝑡 の体積は保存量である: vol⁢𝐷𝑡=const. これをリウヴィルの定理という。

証明

相空間上の点を 𝑿 、その点での速度を 𝑽 とおく: 𝑿≡⎡⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢⎣𝒙1𝒙2⋮𝒑1𝒑2⋮⎤⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥⎦,𝑽≡⎡⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢ ⎢⎣∇𝒑1𝐻∇𝒑2𝐻⋮−∇𝒙1𝐻−∇𝒙2𝐻⋮⎤⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥ ⎥⎦ 任意の点 𝑿 を起点とする 6⁢𝑁 本の微小ベクトル 𝛿⁢𝑿𝑖 が作る平行体 ♢ (=平行四辺形や平行六面体を高次元化したもの)を考える。この平行体の体積 vol⁢♢ は vol⁢♢=det⁡[11𝛿⁢𝑿1𝛿⁢𝑿2⋯] である( det が正になるように 𝛿⁢𝑿𝑖 の順序を選んでおく)。これが保存することを示す。

平行体が運動方程式に従って移動する時、 𝛿⁢𝑡 秒後の平行体は以下で与えられる:( 𝛿⁢𝑡 秒後の量には添え字に 𝛿⁢𝑡 をつける) 𝑿𝛿⁢𝑡≐𝑿+𝛿⁢𝑡⁢𝑽𝛿⁢𝑿𝑖,𝛿⁢𝑡≐𝛿⁢𝑿𝑖+𝛿⁢𝑡⁢𝑑⁢𝑽𝑑⁢𝑿⁢𝛿⁢𝑿𝑖=(1+𝛿⁢𝑡⁢𝑑⁢𝑽𝑑⁢𝑿)⁢𝛿⁢𝑿𝑖(7) よって、 𝛿⁢𝑡 秒後における体積 vol⁢♢𝛿⁢𝑡 は vol⁢♢𝛿⁢𝑡=det⁡[11𝛿⁢𝑿1,𝛿⁢𝑡𝛿⁢𝑿2,𝛿⁢𝑡⋯]⁢⁢∣ ∣ ∣ ∣ ∣式(7)を代入して(1+𝛿⁢𝑡⁢𝑑⁢𝑽𝑑⁢𝑿)を括り出し、公式det⁡𝐴⁢𝐵=det⁡𝐴⋅det⁡𝐵を使う≐det⁡(1+𝛿⁢𝑡⁢𝑑⁢𝑽𝑑⁢𝑿)⁢det⁡[11𝛿⁢𝑿1𝛿⁢𝑿2⋯]⏟____⏟____⏟=vol⁢♢⁢⁢∣ ∣ ∣ ∣ ∣ ∣ ∣ ∣ ∣ ∣det⁡(⋯)≐1+𝛿⁢𝑡⋅tr⁢𝑑⁢𝑽𝑑⁢𝑿=1+𝛿⁢𝑡⋅∇T𝑽⁢⁢∣ ∣ ∣ ∣ ∣ ∣∇T𝑽=𝑁∑𝑖=1(∇T𝒒𝑖∇𝒑𝑖−∇T𝒑𝑖∇𝒒𝑖)⏟____⏟____⏟⁢𝐻0=0=1≐1⋅vol⁢♢ よって、 𝛿⁢𝑡,𝛿⁢𝑿 の1次近似で、体積が保存する。

微小でない場合も、平行体に分割して区分求積するにより、体積が保存することが分かる(時間発展によって微小要素同士が重なることはない)。 ◼

2.2.2状態数 Ω は、情報の欠損量とみなせる

一方で、可逆不変量は不可逆過程において増加するのに対し、リウヴィルの定理は状態数が保存することを示している。これはどう考えるべきだろうか。

例として、仕切りを入れた容器の一方にのみ気体が入っており、他方は真空である状況を考える。この状態で、仕切りを外した瞬間 𝑡=0 の状態数 Ω0 としては、一方の部屋に全ての粒子が集まっている状態の数を採用すべきである。(なお、 Ω0 はマクロに区別できない状態の数を取るべきだが、状態数はエネルギーの極端な増加関数であるため、 𝐸 以下の状態の数とみなしてよい。)その後、時間が経つと平衡状態に落ち着き、気体が容器全体に行き渡る。リウヴィルの定理により、この状態でも状態数 Ω𝑡 は保存する。しかし、この時の容器を観測しても、仕切られた状態から時間発展したのか、それとももともと容器全体に分布していたのか、という情報が欠損しており区別ができない。そのため、ここでの状態数 Ω𝑡 は、平衡状態が区別できない状態全体を使って定義するのが自然である。そのため、 Ω𝑡 は増加する。

このように、不可逆な変化が起きると状態数が増加することになる。ほかにも例えば、動いていた振り子が止まる過程も、止まった状態だけを見て過去がどうだったかを判定することはできないので、状態量が増加する。逆に、可逆な過程であれば、状態数は元に戻る。

直感的な議論だが、こう考えれば確かに、状態数が可逆不変性を持つことは自然に見える。状態数は、その系に対する情報の欠損量であり、欠損した情報を回復させることはできないという性質が、不可逆性に対応しているわけである。もちろんこのような性質を持つのは、情報の欠損量を、状態数、即ち、マクロに区別できない状態の数とみなしたからである。本来、情報量は主観的な量であり、このような定義に限定されるわけではない。(実際、振り子の例だと、 𝑡=0 での振り子の状態を記録しておけば情報の欠損を抑えられるはずであるが、それによって熱力学的な性質が影響を受けることはない。)従って、あくまで解釈上の議論であり、情報という概念を用いて何かを導いたわけではない。